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2004年12月31日

帰省と交通網比較

本日は大晦日。諸般の事情で12月24日に帰国してから広島と藤沢の間を二往復。なんか無駄に全日空をもうけさせているような気がしてならない。というわけで年内二回目の広島から藤沢への移動。だが、飛行機の安いチケットを購入し忘れたことと、雪が降っていたこともあり何年ぶりだろう!?と思うぐらいの新幹線での藤沢戻りとなった。

広島から東京までは新幹線を使えば4時間ぐらいだろうか。決して広いとは言えないが狭くはない日本での移動、約700kmの移動を4時間でいけてしまうのだから、まだまだ恵まれている。タイでは年末年始に帰省する人は多くはないが帰るとなったら何時間もかけて電車やバスに乗って帰省することになる。先日出てきたスンガイゴロクへ電車で行こうとしたら22時間。出張で行ったチェンマイにバスで行こうとしたら14時間。もちろん代金は安いが、かなりの時間がかかる。帰省するのにこんなに時間をかけていたら現地に滞在する時間はほとんど無いんじゃないんだろうかと思う。

今年は日本で年を越すことになったが、来年はタイで年を越そう。花火を上げ、爆竹を鳴らし、みんなで新年を祝うんだそうな(※)。そういう年明けも一度ぐらい経験してみても良いんじゃないかな。

みなさま、今年一年も大変お世話になりました。
2005年が皆様にとってすばらしい一年になりますように。

※今年はインドネシア沖大地震による津波災害の直後と言うこともあり、また国王のお孫さんがこの災害でなくなられているということもあり、派手な年越しは自粛されていたようです。

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2004年12月30日

人命より経済!?

方々の新聞記事で見かけたので多くの人がご存じかと思うが、このたびのインドネシア沖地震による津波災害は人災と呼べる部分もあったようだ。我々日本人は地震の多い国に住んでおり津波の被害を何度も目の当たりにしているのでその恐ろしさを実感しているが、タイではそういった考えが存在していないようだ。実は地震発生後、タイの気象庁にあたる組織がタイ国内にいくつか設置されている地震計からある程度の大きさの地震が発生したことを検出していたにもかかわらず、津波が発生する可能性を予想できずにこのたび被害にあった沿岸部に対して避難勧告を出さなかったそうなのだ。これに関して来るとも来ないともわからない津波の警報を出し、観光客を一斉に受け入れるかき入れ時のクリスマス・年末年始に観光客が減ってしまうようなことはしたくないという思いもあったと報道されている。

実は日本にいる頃から地震直後の津波警報・津波注意報を見るにつれて、僕の実体験として本当に恐ろしい津波を経験したことがないので、津波といっても海面が数十センチあがるだけでしょう?なんで、そんなに大騒ぎをするんだ?と思っているところがあった。つまり、僕にとって気象庁の発表がオオカミ少年的な発表になっており、なんで、そんなに警戒をするんだろうと思っていた。ただ、このたびの災害から学んだのだが、津波の有無や規模は地震の規模から想像するしかなく、実際の津波が来るまで津波の規模は想像できないらしい(嘘かもしれない)。素人考えで判断するのではなくちゃんと避難しなければならないと思った。

また、避難を可能とする連絡システムの一日も早い構築を望む。それがこの災害を経験した我々のなすべきことなのではないだろうか。

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2004年12月29日

トンカツ比較

さりげなくトンカツが好きである。体型を見てればわかるって?大きなお世話です(笑)バンコクにある和食屋さんには美味しいトンカツを食べさせてくれるところがある。バンコクでお世話になっている事務所で一緒に働いている方にタニヤ通りの味里というお店に連れて行って頂いた。トンカツが美味しいんだそうだ。確かに美味しかった。満足、満足。

しかし、本日、日本でトンカツを食べてみた…。日本での僕の家、藤沢市湘南台にあるトンカツ屋さん、石の花。住宅街の中になぜか突然現れるトンカツ屋さん。かなり個性的なおばちゃんがおり、厨房では職人肌のおじさんがトンカツを揚げる。出てきた、ロース100g。食べる。じゅわっと肉汁が出る。うまい。うーむ。味里のトンカツ、美味しいと思ってたんだが、ここのトンカツにはかなわないよなぁ。何が違うんだろう。きっと食材が違うんだろうなぁ。同じ豚といってもいろんな種類があるんだろうし、育て方によって日本人向けの豚とか調整されているんだろうし。

やはり同じようなものを海外で食べるのは一苦労なんだな。食べられるだけ感謝するべきなんだけども。

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2004年12月28日

予防接種

僕は屋台でご飯を食べることが多い。普通に貝とかも食べる。こういう食生活をしていると肝炎になることがあるらしい。そんなもんで、バンコク在住の友人から「つっちーさん、肝炎とかかかりそうで心配なんだよね~。予防接種とかしてる?」と言われた。言われるまでそんなこと考えたこともなかったんだが、やっぱり予防接種は必要であろう。というわけで、帰国したら検査や予防接種をやろうと心に決めていたのだ。とはいうものの、どの予防接種が必要なのかわからないので友人からアドバイスをもらう。それによると、A型肝炎、破傷風、腸チフス、ポリオ(経口)、狂犬病、B型肝炎、日本脳炎を受けると良いらしい。

というわけで、やってきました。横浜検疫所。山下公園近くのパスポートセンターがある建物の三階。受けたい予防接種を伝えたら、そんないっぺんに予防接種はできないといわれ、しかも期間をあけて二回の予防接種が必要になるものもあると言われた。むむむ。僕の予防接種に対する知識はゼロなのでかなりとんちんかんなことを言っていたようだ。それで言われるがままにA型肝炎と破傷風の予防接種を受けた。しめて12200円。注射も痛かったが、出費も痛かった。でも、横浜検疫所の話によると、僕の年齢(昭和46年生まれ)は三種混合ワクチンとやらを若い頃に受けているので破傷風は今回のワクチン接種で10年間有効になるんだそうな。破傷風は3500円だったのでこれで10年も守ってくれるのは安いもんだ。A型肝炎は今回が初めてなので今回の予防接種が有効になり始めるのが2週間後ぐらい。その2週間後に二回目の接種を受けねばならないようだ。それで10年ぐらい有効になると言われた(年数は自信なし >_<) そんだけ守ってくれるんなら痛くもないか…。

ちなみに、僕のわずかな知識によれば肝炎ってのは、キャリア(保有者)という言葉があるように、肝炎のキャリアになった場合、ずーっと爆弾を抱えて生きて行かなきゃならんもんだと思っていた。なので、A型肝炎のキャリアになってたら予防接種は意味無いよねって思って聞いたところ、A型にはキャリアという概念が存在しないらしい。ほほう、それは知らなかった。A型、B型などの型によって全然性質が違うのね。少し勉強になりました。だけど、東南アジアで働くのであれば、もう少しまじめにこの辺の勉強しておかないと駄目だと思ったよ。また、少しずつ勉強してはシリーズ化してネタの一つにいたします。

あ、そうだ。デング熱が流行ってるって海外安全情報で言っていたなぁ。デング熱の予防接種はないのかな?

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2004年12月27日

星空比較

ふと夜に空を見上げると、満天の星空とはいかないもののバンコクと違って日本では星がいっぱい見える。光害のせいか公害のせいか、バンコクでは本当に星が見えない。日本の冬は空気が綺麗になってる(なんでだ?)。バンコクは常に暖かいので常に空気が汚いのか…。日本にいるころはペルセウス座だ双子座と流れ星をよく見に行っていたのだが、車がないこともありバンコクではそういうこともない。

バンコク生活ではいくつかの不満ポイントがあるんだけど、星が見えないというのは僕にとってはマイナスポイントだ。タイ北部の田舎に行けば星はたくさん見えるんだろうか…。

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2004年12月26日

年の瀬の大災害

年の瀬になって、すごい災害が発生した。このブログを読んでるぐらいの時間がある人であれば、テレビや新聞を通して何が起こったのかを知っていることでしょう。殊更、僕が何か一般的なことを伝えることもないのですが、日本に戻っていることもあり無事です。もっともバンコクはインド洋には面していないので津波は来ていないようですが、地震はあったようです。新潟の地震が発生したときに多くのタイ人から地震ってどういうもんなんだ?と聞かれて地面が揺れるんだって説明したのですが(この説明もひどい説明だ)、その時にバンコクでは地震がないということも聞いていた。そんなもんだからバンコクで地震が発生したという事実にタイ人は驚いていることであろう。建物も耐震なんて考えていないだろうし、事実、エレベータが壊れたという話も伝え聞いている。タイに戻ったらバンコクの様子がどんなだったかを後で聞いてみることにしよう。

また、今回の災害は津波によって引き起こされたが、みんな津波という言葉を知らなかったというのにも驚いた。災害の発生後、タイ人とチャットで話をしたのだが「TSUNAMI」ってなんだ?!って聞かれた。やはりこの地域の人々の津波に対する知識が無いことが被害を拡大させたのだろう。

一日も早い被災地の復興を願うばかりです。

ちなみに、諸事情があり日本に帰国したわけだが、その諸事情がなければ年末の休みを利用してプーケットかモルディブに行きたいなぁと思っていた。自分が偶然にも事情があったため被災地となったところに行っていなかった。亡くなられた方、遺族の方には申し訳ないのだが、運命とはこういうものなのかと思い、自分は生きているのではなく生かされているのか…と感じだ。生かされていることに感謝し日々頑張る。

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2004年12月25日

南部でテロ発生

昨日(12月24日)の朝にマレーシアとの国境の町、スンガイコロクでテロが発生した。以前から書いているイスラム過激派による一連のテロと見られている。ある銀行の前に置いてあったバイクに爆弾が仕掛けられており、何名かが死傷したようだ。「ある銀行の前に置いてあるバイク」だなんて日常に見かける風景だ。本当にバンコクでいつテロが発生してもおかしくない状況であり、そんな銀行の前に置いてあるバイクが爆発するなんて、いったい何に気をつければいいのか…。

スンガイコロクは、観光目的ならば30日間までビザなしで滞在できるというルールを利用して入国した人にとっては有名な街だ。30日を過ぎそうになったら、スンガイコロクに行き、一時的に出国し、またすぐ入国する。そうすると更に30日滞在できる。南部が危険になったこともあり、スンガイコロクに行っている人は減っていると聞くが、そういう人がテロに巻き込まれないことを願うばかりだ。

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2004年12月24日

日本到着

11月に一時帰国していたものの暖冬ということもあり、さほど寒くなかった。また、日本の友人からのメールでも今年は暖冬だと聞いていたので暖かい日本を想像していたのだが、飛行機を降りて一言目の日本語が「さむっ」だった。無理もない。成田到着朝の6時。外の気温は1度。バンコクではどんなに頑張っても(?!)、1度になることはないであろう。そう思うと暖冬とはいえ日本は寒いのであった。バンコクで空港に向かうときはTシャツ。飛行機の中で長袖Tシャツを下に重ね着。成田に着いたときにパタゴニアの薄手のジャンパーを羽織る。それでも寒かった。

成田空港から総武線快速で戸塚へ向かう。この時間は横浜方向に向かう成田エクスプレスがないのだ(怒)成田からなので座れたが満員の通勤ラッシュの中、大きなスーツケースをもって移動。かなり迷惑な奴だ。乗っていた人、すみません。途中、踏切の警報機が押されたことによるトラブルで電車が止まる。JRのアナウンスがひどく、そのアナウンスに翻弄されつつ、なぜか東海道線で戸塚到着。横浜市営地下鉄に乗り換え、湘南台到着。11月にも帰ってきているから、感動も少なかった。

その後、大学に行き、やらなきゃ行けないことをやり、あわなきゃ行けない人に会い(一人、会えなかったけど)、本日、終了。

おみやげの袋ラーメンは好評であった。次回からはスーツケースいっぱいに袋ラーメンを入れて帰ってこいという話になりました。あっはっは。

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2004年12月23日

本日一時帰国

本日、帰国するというのに仕事も終わっていない上、荷物も全然まとまっていない。24日に使う資料を作っておいて~という指示が出ており、それが終わっていないし間に合う感じもないという状況でひたすら頑張る。あーもー、出なきゃ行けない時間だ…。これでいいのか?!「やり直し!」と言われないことを祈りつつ不安のまま仕事の結果を貼り付けてメール送信。タイにいると仕事の質が落ちているような気がしてならない(いや、事実落ちてると思う)。タイスタンダードで働くとジャパニーズスタンダードとは仕事の質が異なる。そういう意味で不安であった。とにもかくにも、出発しなれば飛行機に乗り遅れるので時間ぎりぎりまでの努力をしての終了とすることにした。

荷物もまとめていなかったが、どのみちバンコクには夏服しかおいていないので持って帰る荷物といってもおみやげの類だけだ。職場用にタイの袋ラーメンを大量に買い込んでいたのでそれをスーツケースに詰める。袋ラーメンといいつつもチキンラーメンみたいにどんぶりにつっこんでお湯をかけるだけ。3分待てばタイラーメンのできあがり。そんなやつ。あと非常にお世話になっている職場の秘書さんたちにもおみやげ。タイカレーのレトルトパックやトムヤムスープのキューブ(コンソメキューブみたいな奴)を詰め込んだ。

タクシーに飛び乗る。高速代金が値下げされているのに驚きつつも(この話は後日書きます)、渋滞もなく空港に到着。

ドンムアン空港(タイの空港:日本で言う成田空港みたいな言い方かな?)で、メールチェック。OKだというメールも来ていないが、やりなおし!を指示するメールは来ていない。ほっとした。

搭乗ゲートに行き、エコノミークラスのチケットを渡してボーディングブリッジに進む。そうすると後ろから「土本さま~」と呼びかけが。振り向くとビジネスクラスのチケットを持った地上職員さんが走ってきた。「マイルを使ったアップグレードをご希望されてましたよね。席がご用意できましたがお使いになられますか?」だそうだ。こんなことは初めて。こういうこともあるのね。半ばあきらめていたのですが17500マイルを消費してビジネスクラスに乗ることにした。

乗った。爆睡。気がつけば朝。ご飯を配り始めておりました。

さぁ、日本到着だ。

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2004年12月22日

職場は年末モード

日本は年の瀬に向けてぐっと忙しくなっていることかと思う。明日は天皇誕生日で祝日だし、そんなもん関係なく出勤している人も多いんだろうなぁ。僕の勤務先のAITは国際機関ということもあり既に年末モード満載だ。職場はがらーんとして、なんで俺出勤しているんだろうっていう気分になる。朝から忙しくしているいつもまじめなスタッフ・学生は顔を出しているが、それ以外の人は来ていない(決して、来てない人が不真面目だと言ってるわけではない^^;)。オフィスだけでなく大学全体もだらーんとしていて、よどんだ空気が漂っている感じだ。なんかややこしいことを頼もうものなら、えーって思わず言われそうな雰囲気。

かくいう僕も、23日をもってタイともしばしのお別れ。周りから見ると年末モード満載なんだろうなぁ。何サボってんだよ~みたいな。12月は師走だぞ~。先生は走らなきゃ行けないほど忙しいはずなのだ。いや、普通に、忙しいんですけども…。勤務する場所がタイから日本に移るだけなのです(笑)

でも、年末での日本滞在。日記は書き続けるべきか?!タイにいないのにタイでの自分の生活を書くとはこれいかに。ま、日本での出来事をちりばめつつ、ネタ帳にためているネタを小出しにして書き続けていきますので年の瀬でお忙しいとは思いますがチェックしてみてくださいまし~。

わ、しかし、2週間の日本滞在か・・・。うーん。本当にネタが続くのか?!

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2004年12月21日

超高級病院再訪

本日、二度目の診察があるので超高級病院へ再び出かけた。この間、体重、血圧、体温を計ったのに、また計る。最近の病院はそういうものなのかな?本日は肩をいろいろ触ってくれた。先にも書いたが痛みは減ってきている。また来週くるようにと言われたが一時帰国中だというと、にっこり笑って、それなら大丈夫、日本のお医者さんに看てもらえばいいと言われた。てか、それで良いのか?かなり投げやりだ(笑)

二度目の診察で分かったのだが、保険の書類も毎回書かなきゃいけないらしい。病状とか原因を前回と違って書いたらどうなるんだろう。そんなことを思いつつ書類に記入した。

あ、保険の書類を見ると病名が書いてある。Myofascial pain dyndromeだそうな。それがどんな意味なのかまったくわからないのでした。四十肩ではなさそうだ(笑)

投稿者 tsuchy : 17:07 | コメント (2) | トラックバック

2004年12月20日

本当に帰れるのか?

12月23日に帰国するというのに、その準備が全くできていない。荷物の整理も仕事の整理もまったくできていない。本当に大丈夫なのだろうか。おみやげに頼まれている赤、緑、黄色のカレーペーストも買えていない。いったいどこに売っているのだろうか。

いやー、やばい。かなり焦ってきたぞ(笑)

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2004年12月19日

Jim Tompsonのバーゲン

あまりブランド品やファッションに興味のない僕はバーゲンやセールというものに興味がない。というわけで、そういうのに行ったことのない僕がバンコクでバーゲンに行くことになるとは夢にも思わなかった。

というわけで、タイシルクの有名店である Jim Tompsonのバーゲンに出かけた。お目当てはネクタイとクッションカバー。だいたい市価の30~50%オフらしいのだが元の値段を知らないから安いのかどうかがわからない。きっと安いんだろうなぁ。結局、ネクタイを3本、クッションカバーを2枚、Tシャツ、ポロシャツを買ってしまいました。しかし、安いのではないかという心理が働き余計なものを買いそうになる。ふと冷静になり袋に入れた品物を元に戻す。安いとはいえ元の値段が高いので結局のところ高くなる。本当に必要なものだけを残して全部ワゴンに戻してしまった。

しかし、バーゲンってやっぱりすごいね。女性陣がワゴンの周りにがーっと集まり、僕なんか弾き出される始末。やっぱりバーゲンは僕が行くようなところではなかったよ~。場違い感満載であった(笑)

投稿者 tsuchy : 21:04 | コメント (2) | トラックバック

2004年12月18日

友人の訪タイ

本日、日本からのお客さん(友人のあらくん)が来ていた。本当は昨日の夜にご飯を食べる約束をしていたのだが、こっちにきてからぎっくり腰にやられたらしく動けなくなったらしい。それも災難だ。というわけで、本日、仕切り直しなのであった。

通常、日本からのお客さんが来るとなると、タイ料理を食べに行くのだがなぜか和食に。僕も和食に飢えているので願ったりかなったり。よく聞けばあらくんは今回の滞在中で3回目の和食だそうな。いいのかな、それで(^^;)

で、あらくんに連れられていったのがスリウォンの伯楽(はくろ、と読むらしい)。お昼の部の閉店間際に駆け込んだのだが、ここのオーナーさんとあらくんが仲良しさんらしくオーダーストップ後ものんびりお酒と食事を楽しんだ。料理も美味しくお酒も美味しい。焼酎もいろいろあって楽しんだ。しかし、あの焼酎は普通にお店に出しているものなのだろうか。オーナーさんの秘蔵のように思えました(^^;)しばし、三人で酒を酌み交わし、閉店後にオーナーさん宅におじゃまさせていただき、更に飲み、かなり酔っぱらってしまいました。30年物のウィスキーをさらに30年寝かしておいた60年物のウィスキー。美味しかったなぁ。本当は酔っ払ってないときに飲みたかったです(^^;)オーナーの酒飲み親父さん、ありがとうございました。今度はタイ人、日本人の友達を連れて行きますー。

その後、買い物をするぞーあらくんが言うのでパッポンの屋台が開くまでマッサージで時間つぶし。あらくん、座ると同時に爆睡。疲れているのかなぁ。終わった後に起こすと「まーきー、まーきー!」と別の友達の名前を連呼(^^;)あらくん、酔っぱらってるー。出口を間違えてスタッフルームに行こうとする。なんとかお店の外に出てパッポンへ向かう。あらくんはベルトを買いたいそうだ。だが、あまり良いのがない。しかも、ぼったくりプライスを提示される。一本のベルトに2500Bだそうな。高いと思ったが、あらくんはすごい。強引な値切りで300Bになった。本人曰くこれでも高いらしい。僕は今までずいぶん高くいろんなものを買ってきたような気がした。弱気な性格では駄目だなぁ。引き続きパッポンをうろうろ。時計、鞄がある店で立ち止まる。とりあえず値段を聞く。どれも高い!帰るというといきなり安くなる。一気に半額以下のものも。あらくんはなぜか時計を二個とハンドバッグを買っていた。どうするんですか?と聞くとつっちーにあげるよーと言ってくださる。(^^;)ちなみにお店の人、チップを要求してくる。小売店でチップなんて聞いたことがないが、あらくん、気前よくチップを渡す。きっとお店の人とのやりとりを楽しんでいたのでしょう。あー、ホテルのチェックアウトの時間が過ぎてる!慌ててタクシーに乗りホテルへ。タクシーの中であらくんが「あれ、これなに?」って聞いてくる。ついさっきやりとりを楽しんだ購入物品だ。あらくん、なんも覚えていないらしい(^^;)いろいろ説明して納得してもらった。驚愕なのがマッサージを覚えていないこと。やっと、あらくんが完全にシラフになった。空港まで一緒に行くつもりだったが一人で大丈夫だよと言うのでホテルの前で別れる。いやー、あらくん、相変わらずパワフルで素敵だ。僕にもああいう力強さがあれ
ばなと思う。

後日談:あらくんの帰国後、メールがきた。我に返ったのは出国のイミグレーションのところらしい。シラフになったと思っていたのは間違いであった。ちゃんと空港まで一緒に行けばよかったなぁ。

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2004年12月17日

唐辛子入り消炎塗り薬

唐辛子入り塗り薬病院に行って来てもらった塗り薬がこれ。塗ると塗ったところがかーっと熱くなる。そらそうだ。唐辛子の成分であるカプサイシンが含まれている塗り薬だから。しかし、熱くなると言うよりは痛くなるというべきか。ヒリヒリしまくりであった。しかし、食べ物だけでなく塗り薬にも唐辛子を入れるとは。タイはやっぱり唐辛子王国なのである。

飲み薬と塗り薬のおかげで、症状が劇的に改善。そういう意味では、この薬、ある意味、怖いよね~。

後日談として、これを肩から首筋にぬってから仕事に出かけると、首が異常に赤いよ大丈夫?と言われた、自分ではそんなに意識していなかったんだが鏡を見てびっくり、かぶれているかのように赤くなっているのだった。で、効果があったかって?1月15日現在、まだ肩は痛いです(笑)

投稿者 tsuchy : 21:02 | コメント (2) | トラックバック

2004年12月16日

超高級私立病院

バムルンラード病院のツリー実は右肩が痛く腕をぐるぐる回せない状態になってから一週間ぐらいがたった。治る気配もなく、その痛みが首から頭の方に上ってきたので、病院は苦手なんだけど病院に行くことにした。海外で病院に行く場合、日本で有効の健康保険は当然だが使えない。というわけで、日本を出る前に民間の保険に加入しておいた。一年間で約14万。病気以外の保険もかかっているので微妙に高い気がするが、正直、これが高いのか安いのか判断の難しいところだ。まぁ、14万も払っているので、医者に見てもらって湿布ぐらいもらえば良いかと思い病院に出かけたのだ。

行った先は、バンコクでも一番値段が高いという噂のバムルンラード病院。4月に緊急入院したときにも来た病院だ。今回は意識もあったので普通の手続きをして診察してもらう。普通の手続きと行っても、全然普通ではなかった。まず、日本語をしゃべる人が窓口にいる特別カウンターに行き、必要な書類に情報を書き加えサインをする。簡単に症状を日本語で伝える。そうすると整形外科に行ってくださいと書類を渡された。日本語で手続きができるとは驚き。その方面に歩いていき書類を渡す。看護師は普通に英語をしゃべる。看護師が体重と血圧を測ってくれて、しばらく待っていると「土本さん。こちらへどうぞ」と日本語で呼ばれた。タイの病院での呼び出しが日本語だとは驚き。医者がいる部屋は日本の診察室と異なっていた。どちらかといえば面接を行うような個室で特別な医療器具がおいてある感じではない。通訳の方がびったりついてくれて、先生と僕の会話を助けてくれた。診察はあっという間に終了。症状を伝え、軽く先生が患部を触り、「炎症でしょう」といって終了。日本だったら、もう少し時間をかけてこの角度だと痛いですか?とか良いながら診察してくれそうなもんだが、そういうのはなかった。レントゲン撮影も無し。非常に簡素なもんだ。診察後に通訳の人と話をする機会があったのだが、日本語は4年ぐらいタイ国内で勉強したんだそうです。日本留学経験無し。日本は物価が高いので留学できないと言ってました。そらそうだろうなぁ。でも、その通訳さん、敬語も扱うほど日本語が上手。本当に驚きでした。会計も素早い。5444と書いた紙を渡され、キャッシャーに行く。お金は保険に入っているのでキャッシュレス。そのまま、お薬をもらう場所に行き薬をもらって終了。会計窓口にいる時間の短さにも驚いた。この間、5分ぐらいかなぁ。

ちなみに、高級と呼ばれる理由は通訳がいるからだけではない。貼り付けてある写真は病院内のクリスマスツリー。あり得ないぐらい大きい。また、病院内に、マクドナルド、和食レストラン、イタリアン、スターバックスのようなコーヒーショップ他、多くのレストランが入っていて、入院患者が出前を取れるんだそうな。食事制限のある入院患者は無理だろうが、そうでない患者は好きな食事をとれる。しかも、僕が以前に入院した個室部屋では日本でいうスカパーのような多種多様な番組が見れるテレビがついていたり、シャワールームがついていたり、ベッドが可動式だったりと至れり尽くせり。えー。その医療費は高いんじゃないの?という話になるんだが保険会社が支払うので自分としては全く痛くないのだ。つまり、こういう高級病院は最初から患者の財布に期待しているのではなく、保険会社を相手に商売をしているのだ。入院患者にしてみたら個室も相部屋も一緒。どのみち保険会社が払うから。それだから病院はお金がより取れる個室を勧める。と思うと、こういう病院に日本の保険会社は食い物にされているんだろうなぁ。それが結局、保険の代金に跳ね返ってくる。なんか微妙な気分で病院を後にしたのでした。

投稿者 tsuchy : 23:53 | コメント (6) | トラックバック

2004年12月15日

帰国チケットゲット

バンコクに住み始めたのが8月5日。4ヶ月強が過ぎた。11月上旬に友人の結婚式で2泊3日の帰国したものの、夜行便での帰国だし気分的には日帰り状態。ちょっとプライベートでやらなければならないことが日本国内にあり、また食に対するストレスもたまっているし、タイにおける上司のKanchana先生は、もっと休んで良いわよと言っているので、日本に帰国することにした。休んで良いのよと言われても日本で休めるとも思えないんだが、常に和食を食べれるのは嬉しいので一時帰国。

そのチケットを本日ゲット。12月23日の23時過ぎにバンコクを飛び立つ夜行便。期中泊で翌24日の早朝に成田に到着します。24日、25日は藤沢で仕事の予定。なので、飛行機の中で寝られるかどうかは死活問題だ(笑) 僕は全日空を好んで乗っているんだけど、全日空びいきの理由は、バンコクと東京の間にプレミアムエコノミーというビジネスクラスとエコノミークラスの中間の席が存在するからなのです。シートは国内線のスーパーシートぐらい。でも足下も微妙に広いのでとりあえず寝れます。これがエコノミークラスの料金(うちは格安チケットを使うので6万円ぐらい?しかも、今回も自腹(笑))で乗れるのだ。かなりおいしかった。しかし、11月中旬から、このプレミアムエコノミーが無くなったのだ。ファースト/ビジネス/プレミアムエコノミー/エコノミーの4クラス制だったのが、利用する飛行機が変わったため、ビジネス/エコノミーになってしまった。ファーストクラスが無くなるのは僕的には関係にないのだがプレミアムエコノミーが無くなったのは悲しい。たまっているマイルを使ってビジネスクラスにアップグレードするべきか否か…。悩むなぁ。17500マイルかかるのです。

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2004年12月14日

慶応大学からのお客様

本日、僕の日本での勤め先である慶応大学から5名のお客様がバンコクにいらっしゃった。厳密に言うと身内なのでこんな仰々しい表現をする必要はない(笑) 今回はタイだけではなく、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムと4カ国をまわって東南アジアの大学の現状や留学・国際関係の現地調査を行うことが目的のようだ。日本国内の少子化対策なのか、慶応大学も遅ればせながら海外に目を向け始めていると言ったところなのだろうか。もっとも、うちの大学は海外との交流は以前から多くあり、厳密に言うとその傾向をもっと強くするために何をするべきなのかを真剣に考え始めたと言ったところであろう。そのバンコク訪問をバンコクで一緒に働いている福田さんとお手伝いすることになった。

うちの大学は日本の中では優秀な大学として位置づけられているが、世界の中での評価は実に低い。教育水準や研究成果という意味においては決して海外の大学にひけをとらない大学であると感じてはいるものの、国際化という意味において大きく後れをとっているのは否めない。これはうちの大学だけの問題なのではなく、日本のすべての大学において言えることだと思う。一番の問題点は語学。すべての授業が日本語で提供されている状況では、海外から優秀な人材が日本に来ることは考えられない。こちらに来て日本の技術を学びたいので留学をしたいんだが…という学生が多いのに本当に驚いているのだが、みんなが日本語ができないと授業を受けられないということを聞いてがっかりする。それが真の国際化だとは思わないが、国際化を進めるのであれば英語をツールとして用いて授業を行う必要はあるだろう。

ただし、この問題は日本の国策とも絡んでくる。日本の税金を使って留学生を日本に受け入れる、いわゆる国費留学生のあり方が大きく関係してくるのだ。日本の税金を使って日本で勉強させるのであれば日本の国益につながるようにしなければならないという正論が存在する。もっともな話だ。だから日本語が必須になり、日本で学んだ学生が日本国内で働いたり自国に戻って日本語力を活かして日本との仕事で活躍することを期待する。しかし、英語で授業をやりグローバルスタンダードに基づいた授業をやった場合、日本の税金を用いて勉強させた学生がアメリカや英語を用いてビジネスや技術開発を行う現場に行ってしまい、成果が日本に還元されなくなるのだ。

日本の世界に対する貢献がどうあるべきなのか、日本の将来の外交戦略にまで大きく関係してくるこのトピック。慶応大学が日本と同じ道を歩むのかどうか、また、日本の慶応大学でおわるか世界の慶応大学になるか、非常に重要な出張なのではないかと感じた。

投稿者 tsuchy : 23:49 | コメント (4) | トラックバック

2004年12月13日

タイのおにぎり

僕は朝食をあまり食べない。厳密に言うと、全く食べないわけではなく、たまにしか食べない。おなかがすいているかどうかが食べるかどうかの基準になる。今朝はおなかがすいていたものの時間がなかったので家で朝食をとらずに買って食べることにした。日本だとコンビニに行ってサンドイッチと牛乳でも買えば良いんだろうけど、バンコクのコンビニは日本のコンビニと当然だが品揃えが違うのでおいしいサンドイッチなど買えない。そこで初めてチャレンジしたのがおにぎり。いつも使っている駅におにぎりや寿司が売っているのだが、いつも素通りしていた。だって怪しいんだよ。にぎり寿司とか一つ一つパッケージに包まれてショーケースに入れて売られている。ちょっと寿司は食べる気にならないよなぁ。でも、おにぎりがあったので買ってみた。おにぎりを二つ、ツナとサーモン。合計40B。日本だとシーチキンと鮭って感じかな。パッケージは日本のものほど小洒落てないがきわめて普通のコンビニおにぎりに見える。おにぎりの食べ方も一緒。いわゆるセブンイレブン方式。頂上からぴーっとリードをはずし、包装を左右に引っ張っておにぎりを出す。きっとこの説明でみんなもわかると思う。普通のパッケージ。で、買って驚いたのが、なぜか醤油とわさびが付いてきた。なんでやねん?!と思いつつ移動のタクシーの中でおにぎりを食べてみて一食即解。ご飯に塩っ気がないんだよ~。つまり、醤油をかけて塩っ気を加えて食べるんだろうなぁ。タクシーの中では醤油をおにぎりにかけるわけにもいかず、味のないおにぎりを二個ほうばったのでした。ちなみに、おにぎりは機械握りで、握りも緩く、ぼろぼろ崩れたのでした。きっと再び、この店でおにぎりを買うことはないでしょう(笑)あ、わさびはどうやって使うんだ?!

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2004年12月12日

タイ語の勉強

まとめて更新する関係でこの日に起こった出来事を思い出せない。なので、ネタ帳からネタを披露。

実は僕が日本からタイに来ている代わりに(というわけではないが)、タイのエンジニアが日本に来て働いている。言ってみれば交換留学ならぬ交換勤務だったりするわけだ。Yoo(ユー)という女性。ものすごく知的で優秀な人だ。僕よりしばらく前に日本で仕事を始めたので僕よりも少しだけ多く日本語の勉強をしているのだが、僕のタイ語力を遙かに上回る日本語力で驚いた。そもそも、お互いに日本語を教えたりタイ語を教えたりしているので、お互いの語学力ってのはある程度想像できるのだが、すでにひらがなとカタカナが読めるようになっているんだよね。お互いの語学力を高めるために、日本語、タイ語、英語の三カ国語を使って学習する。意外とこれが上手く働くのに驚き。最終的には個人の努力と記憶力の勝負になるのだが、このやり方は悪くないなぁと感じているところだ。

僕らはメッセンジャーサービスをつかってお互いに言葉を教えあってる。僕からのアウトプットは日本語と英語。彼女からのアウトプットは英語とタイ語。僕もタイ語の文字を少し読めるようになり始めたので、彼女の入力したタイ語が読めるのだ。はやく文字を読めるようになりたいものだ。そうすると辞書がまともに使えるようになるからね。

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2004年12月11日

新ユニフォームと忘年会

ユニフォーム僕が所属しているサッカーチームであるバンコクユナイテッドジャパンの新しいユニフォームが完成した。日本人チームなのになぜかイングランド代表の赤タイプ。でも、かなりかっこいいかも。僕の背番号は42。別に42に愛情があるとかそういうわけじゃないんだけど、一番最初にもらったユニフォームが42番だったので同じ番号をもらうことにした。番号がずれると自分としてもどれが自分のユニフォームかわからなくなるからね。よく見てもらえるとわかるのだがこのユニフォーム。

スポンサーロゴが入っているのだ。ユニフォームの前には本屋さんである「Books Kinokuniya」、後ろにはトンローのホテル「Grand Tower」、袖にはカラオケ屋さんのオーガスタ。これらの企業にスポンサーになってもらっているのだ。驚き。

本日はリーグ戦があった。5-0で完敗。僕は試合中の接触プレイで鼻血を出してしまい負傷退場。かなりの出血で貧血気味になってしまった。

試合の後は、スポンサーさまのGrand Towerの19周年記念パーティに参加。すごい盛大なパーティだった。和洋中すべての料理が盛大に出され、ここは本当にバンコクなのか?!と思うほどの品揃えと味。普通に美味しかった。パーティの途中にチームが紹介され新ユニフォームを着てステージに上った。誰か知っている人がいたら嫌だなぁとかなり恥ずかしい思いをしてたんだが、冷静になれば僕を知っている人がそんなにいるはずもない(笑)次節は勝ってくださいとスポンサー直々に勝利を願われ次節は負けられなくなってしまった。

パーティの後は、みんなカラオケに行ったようだ。僕は貧血気味だったので早めに帰った。また、どんな乱痴気騒ぎが繰り広げられたのでしょうか(笑)

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2004年12月10日

食事中の暇つぶし

12月9日の夜、会議としてのソーシャルイベントが何もなかったので一人でご飯を食べに出かけた。タイ料理に飽きてきたので今日はイタリア料理を食べようと思い、僕のバンコクグルメの指南役である福田さんに聞くと美味しいイタリアンがあるよと教えてくれた。しかし、ホテルからかなり離れていることもあり、かつホテル内の雑誌にこのホテルのイタリアンが最高だ!と書いてあったのでホテル内のイタリアンにした。が、しかし、まずくはないが上手くもない。雰囲気と値段だけは最高級であった…。カルボナーラ、かなり胃にもたれました。

そのレストランに12名ぐらいのタイ人とは異なるアジア人がいた。話している言葉から中国の人なんだろうなぁと言うことが推測できた。年の頃は25歳ぐらいだろうか。男女が同じぐらいの比率のグループ。仕事もあるだろうに平日に団体でタイへ旅行に来ているのか。大学生ぐらいだったら集団で旅行しているのも理解できるが社会人になって、しかも総勢12名の団体旅行。そこに違和感を覚えた僕は妙にそのグループのことが気になった。いや、一人でご飯を食べてたから他に見るものがなかったという話もある(笑) しかし、日本人だったら、そういう旅行、するかなぁ、仲良しさん同士で旅行に行かなくもないとは思うけど、12人で!?それぞれがカップルだとして6組のカップルでタイ旅行?!2組4人とか3組6人が僕の限界かも。んー。彼らのバックグランドを勝手に想像するとおもしろい。ワインもばんばんあけてるし、きっと中国ではスーパーリッチに分類される人たちなんだろうか、そうするとやっぱり青年実業家かなぁとか、いろんなことを想像する。

ま、一人でご飯を食べに出たときには、やっぱり人を見てしまうのは僕の癖だなぁ。

本日でAsian04も終了。チェンマイからバンコクに戻る日だ。飛行機で約1時間10分の旅。バンコクに降り立って外に立つとむあっとした空気がおそってくる。バンコクの方が暑いんだ。チェンライは過ごしやすかったなぁ。

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2004年12月09日

エアコンはサービス

バンコクに限らず、また、東南アジアのみならず世界のエアコン事情は狂っている。もっとも僕は東南アジアと中北米しか行ったことがないので、これがグローバルスタンダードだとは言わないが、きっとそうに違いないと信じている。会議に参加した初日(つまり昨日)から感じていたのだがエアコンがきつすぎる。凍えるような寒さなのだ。しかも、外は暑くない、むしろ気持ちいい程度に涼しい。エアコンつけずに窓あけろ!と何度叫ぼうと思ったことか…。また、僕も知恵が足らず半袖シャツしか持っていっていなかったので会場内で一人震えておりました。おかげで期せずしてチェンマイ大学のおみやげ(ロゴ入りジャンパー)を買うことに。

なんで、こんなにエアコンをつけるのか?という問いに対する答えとしてエアコンはサービスであるという思いがこちらの人にはあるらしい。僕がバンコクに来たばかりの頃、部屋がギンギンに冷やされていた。エアコンを止めたりゆるめたりしていると、気がつくとまた20度ぐらいにセットされている。もうさすがにお客さんではないので、勝手に下げられることはなくなったが、当初はそんな感じ。東京電力の電子ちゃんが怒るぐらいギンギンに冷やされる。冷えた部屋を提供するのが当たり前であり最高のサービスだと思われているのだ。んー。風邪引くぞ…。

バスや電車のエアコンも同様にきついらしい。エアコンがきついのでゆるめてくれと頼むと、一等車はエアコン付きでそれがサービスなのでエアコンを弱められないと杓子定規に断られるらしい。エアコンが嫌なら二等車に乗ってくれと言わんばかりの対応だ。地球温暖化を防ぐ二酸化炭素の排出をおさえることが重要であるならば、こういうところの教育も必要になってくるような気がした。それに意味があるのかどうかはわからんけど。地球温暖化防止会議(COPS)の会場でエアコンがガンガンにかかっていたとするならば、笑えるね。でも、きっとエアコンがガンガンかかっているに違いない。

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2004年12月08日

Asian04とウェルカムディナー

気球Asian04の初日。今回はタイ人上司のKanchana先生に参加しろ言われてきたので、自分の発表はなし。気楽なんだが、発表がないから今ひとつ参加しているという気分になれない。次回は参加できるようにしなければ。ちなみに、Asian04は、コンピューティングサイエンス会議ってこともあり、ばりばりにサイエンスしている。数式がばりばり飛び交い、数式を理解するまもなく発表が進む。自分がサイエンティストではなくエンジニアなんだと言うことを再確認…(謎)先日書いたタクシン首相のように場当たり的ではないと信じたいが(笑)、自分の目の前にある問題を解決することが楽しいんだなぁと思った。サイエンス系の学会に出たのは初めてかも。サイエンスとエンジニアの違いを改めて感じた瞬間でした。

夜はウェルカムディナー。場所は不明なのだが(わかったら後日、修正します)、タイ北部の伝統的なご飯をタイ北部の伝統芸能を見ながら頂くという嗜好のもの。ご飯もおいしかったし、ショーも綺麗だった。タイ独特の楽器を使って踊りと舞台を見られる。同じテーブルを自分、Dr.Park(韓国)、6名のタイ人と囲んだ。世の中は狭いというものの、ここまで狭くて良いものなのか、驚くことにタイ人(名前は失念)の共通の知人がいることが判明。タイ南部のハジャイにあるプリンスオブソンクラン大学(日本語で書くなら、ソンクラン王子大学か?)からの参加者であった。僕はシンチャイ先生と一緒にプロジェクトをやってるのですがご存じですか?という話になると、知ってるも何もお互いの娘同士が仲良しさんなんだそうな。世界は狭い。

しかし、自分を棚に上げて書くんだけども、こういうところにくる人は、それぞれの国独特の性格を持ちあわせていないように思える。タイの人もDr.Parkも、そしてきっと僕も母国を背景とした性格は薄まっているように感じた。折しも血液型で性格がわかるなんて馬鹿な放送をするな!とBRO(だっけ?)が宣言してましたが、日本人が1億人もいりゃ、日本人の枠からはみ出た日本人がいても不思議はないわな~。日本人だからタイ人だからと先入観を持って人と会うのはナンセンスなんだということも再確認。

また、このレストランでは駐車場で簡易熱気球をあげていた。そもそもは先日書いたロイカトーンの日にやるものみたいだが、観光客向けにやっているのであろう。想像よりも大きな熱気球が熱源としての炎をめらめらと燃やしながら上昇していく。もうどのぐらいの高度なのかわからないぐらいになるまで上がっていく。火事にはならないのかなぁという思いは杞憂のようだ。だけど、どっかでゴミとして落ちてくるのは落ちてくるんだろうなぁ。バングラディシュ人のAwalは、もう僕には見えない熱気球を見つつ、あそこに3つある!と言っている。どっからどう見ても2つしか見えないんだが…。

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2004年12月07日

初チェンマイ

翌日からASIAN04に参加するために日中は家で仕事をして夕方からチェンマイに飛ぶ。チェンマイはタイで二番目に大きな都市らしい。バンコクから1時間10分。20時過ぎにチェンマイに到着した。タイ国内線ターミナルに荷物を受け取るターンテーブルは二つ。意外と小さいなぁ。前に行ったインドネシア第二の都市、スラバヤの空港も小さく薄暗かった。第二の都市大阪の伊丹空港や関空を思うと、小ささを感じずにはいられない。しかし、チェンマイの空港、小さいながらも非常に綺麗で明るくて良かったです。以前に行ったことのあるチェンマイ空港は薄暗くて少し寂しい感じがしたんだが、ここはそうではなかった。

ホテルのピックアップバスに乗り込み(お客は僕だけ!)、ホテルに向かう。外はすでに暗いんだが外を見ると町並みは思いの外、綺麗だった。バンコクは東京と同じような大都市だけど、ところにより非常に薄汚い。都市計画という言葉があるのか?!と思うほど場当たり的な開発。一方、チェンマイは歴史のある古い都市ながら京都のように道路が碁盤状に並んでいてわかりやすい。しかも道も広い。車がバンコクより少ないから広く感じるだけかな? でも綺麗なのは真実だ。

ホテルに到着。晩ご飯を食べに外に出る。むちゃくちゃ寒い。半袖しか持ってきていないのに…。寒いのでタイ風ラーメンを食べた。唐辛子を入れて体を熱くしようと思い辛いラーメンにした(センミートムヤムムー)。微妙に汗が出る。寒くなった(笑) 外に出たついでに、インターネット接続カードを買う。ホテルにインターネット接続サービスがないので、ダイアルアップ接続。これがどんなもんかは後日ネタがないときに紹介することにしよう。以前は、So-netが提携しているローミングサービスGLICを使っていたのだが、これが使い放題じゃなくなってしまったのだ。とほほ。

でも、一連の会話は全部タイ語で行えた。なんか自分ですごいと思った。僕がタイ語をしゃべるのでタイ人が驚く。4ヶ月で結構しゃべれるようになっているみたい。単語力があがれば、もっとしゃべれるようになると思う。

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2004年12月06日

1億羽の折り鶴

以前の日記に、イスラム系独立主義団体のタイ政府に対する抵抗によりタイ南部の3つの県の治安が非常に悪化していると書いたことがある。タクシン首相は来年の選挙も視野に入れているからか(?!)、この問題には非常に敏感に反応しているらしい。で、出てきた政策が平和の象徴である折り鶴をたくさん作って治安の悪い3つの県に空からばらまこうという、なんというか、すごいものであった。実はこの話は以前から知っていた。ロイターだったかにつとめている友人を知っている僕の友人から先日電話があり、その政策がいかにあほらしいものかをインタビューとして答えてくれと依頼があったんだが全世界に自分の醜態をさらすのはいやなので(笑)断ったのだ。いや、まぁ予定が入ってたからなんだけど。で、まさか本当にやるわけはないだろう?!と思ってたんだが本当にやったらしい。

この政策(って、政策って言って良いのか?!)、空からまいた折り鶴がゴミになるんじゃないかとか、イスラム社会にはこの文化はなじまないとか、いろいろ言われておりました。しかし、タクシン首相、すごい。かなり場当たり的な対策を次々とくっつけ、なんと実現してしまったのだ。ゴミ対策として、拾った折り鶴の数に対して商品を渡すことにしたらしい…。5000羽で扇風機。50000羽で自転車…。マジですか…。イスラム文化になじまないというのは、飴をつけて興味を引かせる。タクシン首相の直筆サイン入りの折り鶴を拾った大人には雇用の機会が提供され、子供には奨学金…。なかなかどうして…それで良いのかタイ政府…。

しかし、扇風機(安いのだと600Bぐらい。2000円かな)をプレゼントするのに、5000羽あるかどうかをみんなで数えるのか。自転車をもらうために(3000Bぐらい。1万円以下)のために、50000羽を数えるのね。すごい労力だ。しかも、本件に関して事件勃発。タクシン首相の偽サイン入り折り鶴が出回っているらしい。さすがタイ。もはやコピー王国は香港からタイに移ったと言っても過言ではないであろう(笑)偽サイン入りの折り鶴を拾った少女の落ちこみっぷりが、現地の英字新聞に書いてあった。タクシン首相、罪作りなことをするよなぁ。

きっと実施したタクシンさんはご満悦なんだろうなぁ。これで南部3県の治安が良くなると信じているんであろう。何でも良いけど戦争や紛争で人が死なないようになって欲しいものだ。

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2004年12月05日

国王誕生日に思う

本日は国王誕生日。つまり、国民の祝日。日本と同じで日曜日と重なった場合は翌日の月曜日が振り替え休日となる。三連休の中日でした。どこの国も同じで誕生日には国王の談話が発表される。日本も同じかな?なんか意識して見たり聞いたことはないんだが、きっとそうだろう。

で、今年の国王の談話だけど、若い人がモラルを失っていることを憂いているらしい。近年、若者が深夜に出歩いたり、タバコを吸ったり、タイ王国の将来を担う若者の将来を案じているようだ。日本はとうの昔に、そういう時代に突入しているように思える。日本の将来は大丈夫なのだろうか。タイは、仏教国であることから宗教を背景とした道徳観がまだ若者の中に残っているので、日本よりはましなのかもしれない。

また、現在のタクシン政権に対する談話として、西洋のやり方が一律に正しいとして実行するのではなく、その政策(文化?)がタイの文化になじむかどうなのかよく考えるべきなのではないかと述べられている。これは非常におもしろい意見だなぁと感じました。世界が唯一のスタンダードにまとまとめられようとしている中、タイ国王はタイ国王としてタイの将来を案じタイの文化を尊重するべきだと主張している。

はたして日本は日本の文化を守れているのだろうか。

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2004年12月04日

怒濤のスケジュール

友達に年末年始のスケジュールを聞かれたので、スケジューラに書いてある日程をまとめてみた。すごい勢いで出張が入っていて、これをこなせるのかどうか正直不安になった。ちなみにこんな感じ。確定していない予定もあるけど、かなり大変だ。この合間をぬって報告書書きとか授業準備もあるんだよなぁ。とほほ。がんばります。

12/08~12/11 タイ チェンマイ
12/20~12/23 カンボジア プノンペン
12/23~ 1/ 6 一時帰国
1/ 8~ 1/11 バングラディッシュ ダッカ
1/21~ 1/24 ネパール カトマンズ
1/24~ 1/28 タイ バンコク(これは出張じゃないか)
2/16~ 2/25 日本 京都
3/21~ 3/27 日本 東京

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2004年12月03日

タイ人の躾

今日はバンコク事務所で仕事。お世話になっている東工大出身の竹本先生の上司、有富先生がいらっしゃってるのでみんなで食事に出かけた。行き先は、ピザとパスタを出すレストラン、ベラナポリ。ここはバンコクでも有名なレストランらしいのだが、いつもニアミスだった。予定は立てるものの諸処の事情で中止になり一度も行けていなかったのだ。今度こそ!と思っていたので、行けてよかったです。で、味ですが普通においしい。ちょっと塩っ気が濃い気がしたけど、これはバンコクのイタリア料理に共通の味なのか、仕様なのかもしれない。また、行っても良いなぁと思える店でした。

しかし、運悪く隣の席に座ったグループが最悪だった。(お母さん+子供)x6組ぐらいのグループだっただろうか。子供のしつけができていないのか大騒ぎ。そのうち店内で遊び始める始末。子連れでご飯を食べにくるのは常識外れだという人もいるが、僕は基本的にOKだと思っている派(まぁ、場所によるかな…)。だけど、これをやられるとその思いも揺らいでしまう。ナイフフォークで皿をたたくは、店内を走り回るわ…。んー。最悪だった。店員も当然のことながら文句も言えず、親も躾をする様子もなく。どうなってるんだ。ちなみに、そのグループはタイ人グループでした。こういう普通のタイ人が来れないようなお店に来るぐらいのタイ人なので、それなりに裕福な生活をできるそれなりの地位の人たちなんだろうが、躾がなってない…。大丈夫か。タイ人。と思いつつ周りの話を聞くと、タイ人はあまり子供を怒ることをしないらしい。なんでだ…。また一つ理解できないタイ人気質が増えてしまった。

レストランを出た後は、若い(と言ってもみんな30才越え)連中4人で飲みに出かけた。生バンドが入っている良いお店。スコッチとバーボンのボトルが入り、ほどよく酔っぱらった。まだ、いっぱい残っているから、また飲みに行くことでしょう~。

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2004年12月02日

クリスマスの季節、到来

クリスマスツリー12月に入り街の雰囲気が少し変わった。町中にイルミネーションが増え、一気にクリスマスの雰囲気になった。タイは仏教国ってこともあり「クリスマス?なにそれ?」的なところがあるらしいですが、西洋化が進んでいるのかショッピングエリアにはクリスマス色が増えている。若者もメリークリスマスとか言ってる。でも、発音が正しく無くって「メリーキスマス」になってる。ううむ。

また、12月5日が国王誕生日ということもあり、そのお祝いの飾りも増えてきた。女王さまの旗は青色。王さまの旗は黄色、だと想像しているんですが、タイ国旗と共に王さまの黄色い旗が飾ってあります。国王誕生日を祝うイルミネーションもあるんだろうけど、どっちがどっち向けなのかよくわからん。あげく、うちの家の前の通りをみると"A HAPPY NEW YEAR"と書いてある。もう一緒くたになってる。タイらしいと言えばタイらしい。どうなってるのでしょう。

写真は、僕が住んでいるマンションのロビーに飾ってあるクリスマスツリーです。海外の人が多く住んでいるマンションだからか、こういうのには敏感なのかも。一応、今の予定では12月23日に帰国する予定です。タイのクリスマス体験はお預けですな。

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2004年12月01日

師走に思うタイへの旅行

12月になりました。この時期の早朝は心地よい涼しさで本当に気持ちいい。早朝に起きて散歩とか行けると良いんだろうなぁ。タイ訪問を考えてらっしゃる方は11月から2月ぐらいがちょうど良いみたいですよ。是非、ご検討くださいまし。実際に、12月は2組の友人が訪タイされる予定です~。皆さんも是非。

とはいえ、バンコクはシンガポールよりは見所は多いと思うものの、観光地としてリピートしたくなるか?と言えばかなり疑問かも。世界三大がっかり名所の一つであるマーライオンほど見た後にうなだれてしまう観光スポットはないけど、何度も同じお寺を訪問するってわけにもいかんですし、バンコク市内にいろいろ行かなきゃ!って言えるほどの名所もないです。とすると、リピータの皆さんはやっぱり食べ物や雰囲気を楽しみにくるんでしょうね~。確かにタイ料理はおいしい。日本で食べるタイ料理とは食材が違うのかおいしさが違う。国際色も豊だしエキゾッチックな雰囲気もある。リッチに過ごしたい人はリッチに過ごせるし、バックパッカーならバックパッカーとしても楽しめる。そんなところ。

ちなみに、観光したい場合は、バンコクから別の町に行くのがお勧めかも。アユタヤ、カンチャナブリー、スコータイ…挙げればきりがないです。僕も観光として行ったのはアユタヤとタイ北部チェンライ+ゴールデントライアングルぐらいですが、できれば色々と行ってみたいなぁ。在タイ中に行きたいところは全部行けるんだろうか…(笑)

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