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2005年01月31日

車での帰宅

夜も深け、おなかもすいたので家路に向かって帰ろうと研究室を出たところで、同じAITに勤める草薙先生とばったり出会った。僕がトボトボ歩いていたにもかかわらず、その後ろ姿を見て僕だと判別したらしい。なぜだ(笑)。よっぽどしょぼんと歩いていたのか、激しい猫背で他の人と見分けがついたのか(笑)、よくわからないが車で僕のわきを通り抜けるときに停車してくださったのです。自宅に帰る旨を伝えると、じゃぁ一緒に帰りましょうと誘ってくださいました。草薙先生、ありがとうございます。草薙先生はGISの専門家でAIT暦も長い。いわば重鎮。僕がAITに赴任してから、ずっとお世話になっている先生である。偶然にも自宅も近いこともあり良くして頂いている。

車の中では、やはりまぁ仕事の話が中心になるのだが、驚いたのは通勤路の話。僕も車を入手しようと思っているのですと伝えたところ、じゃぁ道を教えてあげましょうという話になり、模範的な帰り道を教えてくださいました。一方通行の多いバンコクなので多少の回り道はあるものの、すいている道を選んで爆走。職場から自宅まで約35kmぐらいあるにもかかわらず、その間の信号は4つだけ。なんつう通勤路だ。我々が夜遅くに帰る時には車もないので渋滞無し。信号も無く、すいすい走れる。すばらしい。早く車を手に入れたいなぁ。

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2005年01月30日

神様ありがとう

本日からバングラディッシュ出張の予定だったが、バングラディッシュでハルタルと呼ばれるゼネストが起こることが明らかになったので、出張はキャンセル。そういや、前回のバングラディッシュの初日にもハルタル起こってたな。ハルタルは、洒落にならん暴動だと聞いていたので、前回も市内に入ることなく空港近くのホテルで時間をつぶした。今回は出張そのものがキャンセルされた。先のエントリーにもありましたが、バングラディッシュはなるべく行きたくない国なのでキャンセルされて嬉しかったよ…あぁ、良かった。

というわけで、1ヶ月以上ぶりのサッカー参加。言うまでもなく、まったく動けませんでした。しょぼん。

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2005年01月29日

タイ人と和食

本日は、intERLabの秘書さんとその彼氏(勝手に僕がそう思ってる)、APANミーティングに参加していたフィリピンからのゲストの4人で和食を食べに行くことになっていた。そもそも、秘書さんのNangとその彼氏Lexにタイ料理を食べに連れて行ってもらったことがあり、そのお礼に和食を食べに連れて行ってあげると約束をしていたのだ。その約束をやっと果たせた。

行ったのはスリウォン通りから少し入ったところにある伯楽という和食屋さん。12月18日のエントリーに出てくるあらくんに紹介して頂いたお店。オーナーの親父さんもすてきな人で会話から学ぶべきことも多い。和食も普通に和食で安心して食べられる。美味しい。しかも土曜日は297バーツで食べ放題になるのだ。というわけで、ずーっと前から伯楽にお世話になった二人を連れてこようと思っていたのです。

297バーツの食べ放題は一覧の中から自分の好きなものを好きなだけ選んで食べられるタイプ。普通の盛りよりも小さくなっているので、正にいろんなものを食べたい人向けだ。特に和食に慣れていない、しかも色々食べたいと思っているタイ人にはぴったりではないか!親父さんに個室を用意しておいて頂いたこともあり、気兼ねなく楽しく美味しくご飯を食べられました。親父さん、多謝です。3人とも非常に満足して帰って行きました~。

和食を食べていて、文化の違いが問題になったのはそばの食べ方です。そばをずるずるずるっとすすって食べるのは本当か?という問いかけに対し、本当だ実演してやると言い、ずるずるずるっと食べた。彼ら的にはかなり衝撃的だったようだ。彼らの文化では音を出しつつそばを食べるなんて…って感じみたいですが、我らが日本人にとっては普通だよね(笑)

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2005年01月28日

休みじゃないけど

1月6日の夜にバンコクに戻ってきて以来、休日もなしにずっと働き続けてきたので本日は家で仕事。少しはゆっくり仕事ができるかな…。あ、嘘だ。一日ほど体調を悪くして休んだな…。でもまぁ家でのんびり仕事ができるのは久しぶりだ。本当は完全に休みにすりゃいいんだが、そういうわけにもいかないのでたまっている仕事をこなす。終わらない。頑張っても終わらない…。大量の仕事を残したまま、夕飯の時間が来た。

APANミーティングが終わることもあり、加藤さんたちも翌29日には帰国するそうだ。なので晩ご飯を食べに行く。その前に自分が持っている携帯電話を海外でも使えるようにローミングの登録をしてもらった。これで海外に行っても携帯電話が使えるようになるぞ~。電話代の消費が激しくなりそうだが、まぁ仕事で使うんだから仕方がない。ちなみに電話代は自腹。携帯電話はプライベートで使うことが多いので、出してもらうのには忍びない。晩ご飯は、自分でも芸がないなぁと思いつつ、加藤さんと長谷部さんとティダイサーンへ行く。安いしお手軽だからね。食後に24時間やってるスーパーに向かい、加藤さんがおみやげを買い込む。二人をホテルに送っていって僕も帰宅した。

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2005年01月27日

スポークスマン?

今日は朝からAPANミーティングに参加。Southeast Asia Net Group MeetingとNorth Asia Net Group Meetingというセッションに出た。Southeast Asia Net Group Meetingでは僕がタイに行った理由の一つである10Gbpsのネットワーク構築が話題に上った。もちろん、彼らはそう言うものが来るらしいという噂話を聞いているだけで、具体的な計画や見通しなど知るよしもない。発言すべきかどうか悩んだあげく、AITで一緒に働いているPensriから「yasuo、なんか言ってあげないの?」とプレッシャーがかかったのもあり、発言することにした。発言して良いこと、してはいけないこと、言葉を選びつつ現状と見通しを伝え、必要以上の期待を持たせないよう報告した。こういうミーティングに参加して初めてわかったことが一つある。僕がWIDEの代表としてこういう地区の人たちに対して発言しなければならない機会は当然あるわけで、行動を伴うスポークスマンとしての役割も求められているのではないかということに気がついた。東南アジアを中心にインターネットの研究コミュニティを強化するためには、このようなNet Groupに参加するような人たちをエンカレッジし、研究者コミュニティとして組織化し活性化していくようなことが必要になる。そういう意味でこのグループの中で僕が果たさなければならない役割は大きく、もっと密接に関わっていかなければならないと感じた。予算の面、技術的なサポート、協力体制構築などの組織的なサポート、やらなければならないことは果てしなく多い。3月に再度ミーティングをやるぞ~という話でまとまったので、僕は自分自身でもそのミーティングに参加しなければならないことを意識し、また周りからも絶対来てくれよ~と誘われつつ会議終了。村井さんに出張許可をもらっていないにもかかわらず、行くぞと言ってしまった。最悪自腹での参加になるかな~。

国際会議の会場となっているアマリウォータゲートホテル内でパーティが行われたので晩ご飯はホテルで食べる。ビュッフェスタイルのパーティ、タイの民族音楽や踊りが披露されていた。だが、宴もたけなわになった頃、僕と馬場さんは会場を抜け出しマッサージに行くことにした。馬場さんはマッサージだけでなく、今回のタイ滞在を心から喜んでくれているようだった。良かった。良かった。

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2005年01月26日

連日のタイ料理

本日も授業があったので、授業終了後に東京大学の加藤さんが主催するλネットワークのBOFに参加。交通渋滞もあって大幅遅刻。ほとんど聞けなかった…。何をしに行ったのだろう…。すべてのセッション終了後に、奈良先端科学技術大学院大学で博士号を取ったマヒドン大講師のワサカと加藤さん、NTT-Cの長谷部さん、馬場さん、もとのりさんとチャオプラヤ川沿い、ラマ8世橋近くのキンロムチョムサパーンというレストランに食べに行く。加藤さんがシャコを食べたい言うのでシャコを頼む。むちゃくちゃ大きい。こんなシャコ、みたことがない(ごめん。写真がない)。長谷部さんは、「こんなバルタン星人みたいなもの食べれるかー」と叫びつつ避けていた。殻が固く食べにくかったが尾っぽの方は実も取りやすく大変美味しかったです。6人でしこたま飲んでしこたま食べて3300B。タイ料理にしてはむっちゃ高いな~と思ったのだが、理由はシャコ。シャコだけで値段の半分ぐらいになってた(笑)だからというわけではないが、この日はみなさんにゴチしていただきました。いつもありがとうございます。帰りはワサカの車でBTSのラチャティウィー駅まで送ってもらい、BTSで帰宅。

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2005年01月25日

人形劇

僕がバンコクに越してきてから何人かの友達がバンコクに来てくれたが、1月24日から28日までインターネット関係の国際学会である第19回目APANミーティングがバンコクで開かれることもあり、WIDEプロジェクトの友人が大量に遊びに来てくれました。この日は授業があったので、会議自体には参加せず、会議終了後のレセプションから参加。ルンピニナイトバザールのタイ伝統的な人形劇を見た。ルンピニナイトバザールでは食事が取れるレストランがたくさんあるのは知っていたが、そのレストランの二階に巨大なシアターがあり、そこで人形劇が見られるとは知らなかった。人形劇は、三人で一体の人形を生きているかのように扱う。イメージしにくいかもしれないが三人は客の前に見えているのだ。正直、人間が見えてたら興ざめだろう?!と思っていたのだが、ショーが始まってからその考えが間違っていることに気がついた。人形が生きているかのように動くので後ろの人間に集中がいかない。まったくそれが気にならないのだ。人形は時には客席に降りてきて客を楽しませるなどしていた。質の高いエンターテイメントだったと思う。ナレーションはすべてタイ語なので、当然何を言っているかわからない。3%ぐらいはわかったかな?!海外からのお客さん向けに字幕が演台右上に表示されていたのだが、舞台を見ると字幕が見えない、字幕を見ると舞台が見えないというジレンマにおちいり、結局は字幕を見るのをあきらめてしまった。もう少し字幕の位置を考えてくれるとなぁ。本当は写真を貼りたいのだが写真撮影が禁止だったので撮影できず…。残念。見たい人はバンコクに来てください。

ちなみに晩ご飯は京都大学のもとのりさんと倉敷芸術科学の馬場さんとご飯を食べに行った。もとのりさんは翌26日に帰国することもあり、なんとかタイ料理を一緒に食べに行こうと言うことになった。ビクトリーモニュメント駅からほど近いティダイサーンに行く。僕がいつも食べている定番料理を食べる。ソムタム、コームーヤーン、トムカーガイ…あとなんだっけかな既に忘れてしまったが、お二人には満足して頂いたようだ。なにやら馬場さんは前日、ぼったくられたらしく悲惨な目に合われていただけに、ここの料理には満足して頂けたようだ。良かった、良かった。

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2005年01月24日

また来るぞ~

ボダナート街角ネパール最終日。朝8時30分にチェックアウトして、パタンとは別の郊外都市であるボダナートを観光しようとMr.Promodに誘われたので早めに起きて準備した。車を走らせること20分ぐらいだろうか。ボダナートに到着。街全体が観光地化しているので街にはいるのに入場料を取るらしい。パスポートを出して~というので中国人のLarryがパスポートを渡した。Mr.Promodによると国籍によって入場料が違うらしい。現地人向け、外国人向けのダブルプライスが設定されていることは多々あるが、国籍によって値段が違うとは!しかも、同じ中華系といっても、中国本土、香港、台湾で入場料が違うらしい(笑)日本人の僕がパスポートを見せたらいったいいくらの入場料になったのだろうか。

ネパール帽子をかぶる3人しばらく観光客としてボダナートを巡る。Larryも言っていたが、ネパールの人は何かに追われてるかのように働くことはなく、非常にのんびりしていて良いと思った。非常に平和でゆったりと時間が流れ、みんながのんびりと生活を送っているという感じ。穏やかなところだ。心なしか野良犬たちものんびりしているように見える。滞在中、買い物らしい買い物はしなかったが、Mr.Promodがお土産にとネパールの伝統的な帽子を我々3人に買ってくれた。似合うと良いんだが…(笑)あと、チベット仏教の法具であるマニ車も買った。600ルピーと言われたので値切って500ルピーって言ってみた。安いのか高いのか正直わからんが(きっと高いと思う)、けちけちしてもしょうがないので購入。一度回すと一回教典を唱えたことになるというお気楽な法具。観光しながらしばらくグルグル回しておいた。御利益があるかな。

空港に向かい、Mr.Promodと再会を誓って別れる。空港税を払わなきゃならないのだが26USDもかかるのに驚いた。おそらく世界で一番高いんじゃないかと思うぐらいだ。あれ、チケット代に含まれるようになった成田はいくらだっけ…。チェックインをして左側の窓席を希望したら、なんとビジネスクラスにアップグレードしてくれることになった。最後までラッキーだった。マニ車を回しておいた御利益が、既に結果になって現れた(笑)

ボダナート街角チェックインまでの時間をラウンジで過ごし、機内に乗り込む。しかし、カトマンズの空港セキュリティは必要以上と思えるほど厳しかった。空港内に入るときに荷物はX線で全部チェック。探知機を抜けて何も音が鳴らないのに体を触ってのボディチェック。イミグレーション前でまたX線チェックとボディチェック。搭乗の際にゲートの近くに行く前にX線で再度チェック+ボディチェック。しかもX線で荷物をチェックしているにもかかわらず、鞄を開かされて全部チェック。飛行機を乗るためにゲートから出て、飛行機に乗る前に再度ボディチェック。あぁ。すごいチェックだ。飛行機に乗り込み、しばらくして離陸。離陸して直後、雲を抜けたあと左手に見えるヒマラヤ山脈。度肝を抜かれました。ものすごく綺麗です。カトマンズに向かうときよりもより近くに見え、8000mを超える山々がひたすら連なっている。どれがエベレストなんだろうなぁと思いつつ、写真撮影をしようと思ったものの、まだ上昇中、シートベルト着用サインも消えていないのでデジカメ(電子機器)は使用禁止だろうと思い我慢。水平飛行にうつってから、ヒマラヤ山脈の最後の方だけ写真にゲット。世界で一番宇宙に近い山々を見つつ、空の青さと山の白さのコントラストをしばらく堪能したのでした。ちょっと感動ものでした。もう一度、この山々を見たいなぁ。

ビジネスクラスでいくバンコクへの旅は、ただひたすら快適。機内食で出てきたガーリックトーストが美味しかったなぁ。まぁ、タイ国際航空のビジネスクラスに乗ることなんて二度と無いだろうから、満喫させてもらいました~。そうこうしているうちにバンコク到着。

ネパールは、穏やかで平和で良い国だった。マオイストと呼ばれる反政府組織と政府との争いが激しく大変だ!とも言われているが、そういうのに出会わなければ町中も普通に歩ける安全な国だというのが感想。ネパール人も日本人に似た風貌の人がいたりするし、町並みもしっとりと落ち着いている。道路が舗装されていなくてガタガタ揺れたりするけども、そこはご愛敬。ダルバートもモモも美味しかったし、再度、仕事抜きで訪れたいと思う国であった。また来るぞ、ネパール。

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2005年01月23日

大盛況の講演

パタンの街角朝起きたら雨が降っていた。昨日見えたはずのヒマラヤも雲に隠れている。時差ぼけなのか(嘘:ちなみにバンコクとの時差は1時間15分、日本との時差は3時間15分)、集合時間の9時30分に遅刻してしまった!雨の中を迎えに来てくれたタクシーで会場へ向かう。寒むい~。昨日は涼しいなぁぐらいに感じていたが、今日は寒い!と思うぐらい寒い。風邪をひきそう。会場も広く天井の高い講堂で、なんていうんだろう日本の体育館を想像してもらえばいいのか…そんなもんだから異常に寒い。設置されているストーブにかぶりつき。

午前中は、中国のインターネットセキュリティを専門に扱っているCNCERT/CCから参加しているお二人の講演。僕と気の合いそうな良い感じの二人。講演の内容は…あまり聞いていなかったのでわからない(汗)。ネパールの典型的なご飯であるダルバートを取ってからMrs.Timilaと一緒にダルバール広場に向かう。お昼休みが一時間ぐらいあるんだと思ってたもんだから少しは色々見て回れるかなーと思ったからだ。だが、会議再開が14:50だと思ってたら14:15だった。FiftyとFifteenの聞き間違え。慌てて会場に戻り、僕の講演が始まった。2時間ほどいつものように(?!)熱弁をふるい、大盛況のまま僕の講演も終了。みんなにすごい喜んでもらえたようだ。また来て話をしてくれ!とみんなから求められた。良かった、良かった。

チキンモモ会議終了後、ホテルに戻ってからホテルの周辺を散策、スーパーマーケットにふらりと入ったり、パン屋さんにふらりと入ったり、しばらくうろうろしてみた。そうこうしてるとテイクアウトOKのネパール料理屋さんがあったので、ホテルで食べたモモとは違うチキンモモを入手。蒸したモモと揚げたモモの両方を買って帰った。ホテルの部屋でそれらを食べたんだけど本当に美味しい!食感は小龍包みたいな感じ口に入れるとじゅわっと肉汁が口に広がる。いやー。うまいなぁ。夕食前だというのにパクパク食べてしまった。

その後、ホテルでMr.Promodとネパール料理を食べる。CNCERTのお二人も合流する予定だったが、彼らはカトマンズ市内を観光していたようだ(ちなみに、僕が泊まったホテルはカトマンズ郊外のパタンという町だと言うことがあとでわかった)。そうこうしていると二人も帰ってきて4人で談笑。夜も更け10時をまわった頃に部屋に戻った。講演が大盛況に終わったこともあり気分も良かったし、ホテルでネットワークが使えないこともあって、今日ぐらいは仕事をせずに寝ようと決め早めに寝てしまった。なんという贅沢(笑)

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2005年01月22日

ネパール到着

ヒマラヤ山脈10時30分発のTG319でネパールの首都、カトマンズに向かう。2時間ぐらい前に空港に着いていなければならないと仮定すると8時過ぎに家を出ればOK。タクシーで空港に向かう。155バーツ400円強ぐらいか。藤沢から成田に向かうことを思えばなんと楽なことだろう。僕がいつも乗っている全日空のNH915便に乗るためには1時には横浜を出ていなければならない。夕方の離陸なのに何で家を12時に出なきゃならないんだ。そういう意味では、こっちの移動の方が簡単だし安い。空港の両替商でバーツからドルの交換レートを確認してみると、大学の銀行で換えたレートとそんなに変わらない。昨日、あわてて換える必要はなかったかな。ネパールのお金であるネパールルピーはあるか?と聞いたところ無い!といわれた。タイの人にしてみればネパールルピーは必要のないお金なので少しぐらいレートが悪くてもネパールルピーを売ってくれるもんだが、取り扱いがないので結局のところ現地で米ドルをネパールルピーに換えるのが正解ってことになる。ラウンジで一仕事して出発。

機内での席は51H。右側の非常口席だ。なぜ右側を希望したかというと右手にヒマラヤ山脈が見えると思ったからだ。機内でCAにヒマラヤ見えます?と聞くと(このぐらいはタイ語で聞ける(笑))、見えますよーって答えが帰ってきた。ビンゴ!着陸30分ぐらい前になって機内アナウンス「そろそろ着陸です~シートベルトをお締めください、なお右手にヒマラヤが見えます。」僕も含めてみんなシートベルトを締めることなく、機内をうろうろし始めた(笑)おー。確かにヒマラヤ山脈が見える~。綺麗だなぁ。高いなぁ。富士山とは趣が違うなぁと思いつつ何枚か写真撮影。てか、かなーり遠いところに見えるので、ちゃんと写ってるのかどうか不明(笑)そうこうしていたらCAがキレた(笑)早く座ってシートベルトを締めてくださいっ!無理もない。おとなしくみんな席に着いたのでした。

というわけで、新たにネパールが僕の訪れたことがある国に加わった。標高1500mぐらいのところに首都カトマンズがある。海のない山国だ。通過はルピー(インドのルピーと区別するためにネパールルピーと言うこともある)。1ルピー=約1.5円。ルピーを1.5倍すれば円になる計算。1バーツ=3円だから、ルピーを半分にすればバーツになるね。

イミグレーションでずいぶん待たされる。理由がわかった。名前を一本指で"Y","A","S","U","O"と入力している。他のブースが4,5人抜ける間にこっちは一人…。マジ切れしそうになった(笑)ブースのお兄さんにタイピングの練習をしろと言いかけたがぐっと我慢。空港内で20ドル両替。たったそれだけ?と言われたがいっぱい替えてもしょうがない。使うあてもないしね。20ドルが1310ルピーになった。手数料を50ルピーも取られる。なんで20ドルだけ?!と言われたのか理由がわかった。手数料が同じなら大量のお金を替えた方が得なのだ。20ドルで50ルピーの手数料。3%も手数料を取られてることになってるや…。イメージ悪っ。

空港から出るとお迎えが来ておりました。荷物を持って車に向かいはじめようとすると、誰かが荷物を持ってくれようとする。一緒に迎えに来てくれたスタッフなのか?と思ったら関係ない人だった(笑)チップをもらおうとたくらんでる人だ。僕はぼーっとしているつもりはなかったんだが、そのまま荷物を強奪されたとしたら、僕はきっと荷物を失っていることだろう(笑)一瞬、鞄を握られていたので危ないところだった。車に乗ろうとしたらドアを開けてくれる。締め際にチップをくれ!と叫んでる。小銭で良いから!いや、だから両替したばっかりで小銭なんて無いんだってば。

町中はすいている。人も車もまばら。バングラディッシュやバンコクに比べると静かで穏やかな国だな~というのが感想。理由は本日がネパールの休日だからだそうだ。バングラディッシュの休日が金曜日だったように、ネパールの休日は土曜日らしい。どうりで車が少ないわけだ。しかし、幹線道路はちゃんと舗装されているもの、一歩路地に入れば舗装されていない土の道だらけ。車が上下に揺れるのだ。Mr.Promodがこの道はディスコロードって言われてるんだよ!って教えてくれた。ほー、ディスコがたくさんあるの?っと聞き返すと、いや、車に乗っているとディスコにいるみたいに体が上下に揺れるから、だって。ネパールギャグ万歳。

ベジタブルモモホテルに到着し、部屋から外を見てみる、ヒマラヤ山脈が見える~。良い眺望だ。小腹が空いたのでモモと呼ばれるネパールの食べ物とチヤ(インドで言うチャイ)を頼む。モモ、美味しそ~。餃子みたいな形をしているが味は餃子とは全然違っていた。やはりいろんなスパイスが絡み合った複雑な味をしていた。お茶は…これ、紅茶じゃない?ちゃんとネパーリティーって言ったのに。最初はこれがそうなのか…と思って飲んでたんだけど、どう考えても紅茶だった…。

その後、明日の講演の準備を進める。何とか間にあった。明日は無事に話せそうだ。

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2005年01月21日

ネパール出張準備

バンコクに住んでいて利用するお金といえばタイのお金であるバーツ。普段は日本の銀行に置いてあるお金を必要に応じて引き出すので手持ちの円はほとんど無い。もう少し日本円を持っていると思っていたが、お財布に入っていたお金は小銭だけだった(笑)しかし、バンコク市内にはATMがいたるところにあり、24時間お金を引き出せるので現金がなくても困らない。しかも、もとからタイに行くのにATMが使えるもんだから米ドルもほとんど持ってきていない。前回のバングラディッシュへの出張で最後のドルを使い切ってしまった。そんなもんだから今手元にある現金はタイバーツだけなのであった。ちなみに、バングラディデッシュの学生から聞いていたバーツとタカのレートは、1バーツ=1.5タカだったにもかかわらずバングラディッシュの空港で両替をすると1バーツ=1.2タカだった。聞いていたよりレートが悪い。それもそうか。バングラディッシュの人はバーツを買ってもしょうがないもんな…。そしたら少しのタカで大量のバーツを手に入れなきゃやってられないよね。というわけで、こういう国に出かけるときは米ドルを持っていないと生きていけないことに遅ればせながら気がついたのだった。

さて、ネパールに行くにあたってクレジットカードが使えなかったりATMが使えなかったりする可能性は非常に高いので、米ドルを事前に入手しておく必要があった。しかし、手元に円はないし、あったとしても円をバーツに換え、それを米ドルに換えるのも馬鹿らしい…。二重に手数料を取られてしまうような気がする。つくづく日本で米ドルを用意しておかなかった自分の馬鹿さ加減にあきれてしまった(笑)とはいうものの米ドルを入手しなきゃならないのは事実なので、ATMで日本の銀行口座からタイバーツを引き出し、そのタイバーツを持ってキャンパス内の銀行に行く。キャンパス内の銀行では何の問題もなく米ドルを出してくれた。それも新札で!新札が出てくるとは思わなかったなぁ。この新札、この銀行はどっから入手しているのだろうか。ちなみに、為替レートは、1USD=38.77THBであった。この日は、1USD=103JPYぐらいだったので、そんなに悪いレートじゃないかなぁ。

というわけで、当面、このぐらいあれば大丈夫だろうと思われる400米ドルをついにゲットしたのであった。でも、仕事の準備はまったく終わってないんだな…。やばい…。

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2005年01月20日

異常気象?!

バンコクの現在の気候は乾期。つまり雨が降らないはずである。しかし、ここ数日、夜に雨が降っているのだ。1/19の深夜に悪友(?)とタイ料理を食べに出かけた。屋根も何もない屋台スタイルのレストラン。おもむろに店の人が巨大パラソルを広げはじめた。雨降るの?!と聞くと、降ってるじゃんと答えが返ってきた。確かにテーブルをよーく見ると雨が降ったあとがあるようなないような、そんな状態だった。でも、巨大パラソルを広げてしばらくたっても降らない。きっと外を歩いていると降ってるのか降ってないのかもわからない程度の雨。

しかし、そんな状態がしばらくたった後、あえりえないぐらいの雨が降り始めた!僕がバンコクで生活をし始めた8月頃(雨期まっただ中)に良くあった、バケツをひっくり返したような雨。巨大パラソルの端から滝のように雨水が落ちてくる。すごいなぁ、異常気象なのか?!それとも乾期にもこういう雨はたまには降るんだろうか?!と思いつつご飯を食べ続けた。

翌日、タイ人スタッフと話をして乾期にも雨は降ることがあるの?と聞いたところ、私は生まれてこの方ずーっとバンコクに住んでいるがこんなことは初めてだと答えが返ってきた。世の中がおかしくなってるのよね~だって。天変地異は何かの前触れなのだろうか…。

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2005年01月19日

ついに出会えた!

風邪をひく前から肩の調子が悪く、それが原因で首や頭が痛くなっているという話を以前書いた。どうにもこうにも我慢できなくなったので、マッサージ屋さんに向かう。

日本での値段に比べるとどこのお店に行っても格安なので値段にこだわる必要は全くないのだが、まだらケチな僕は少しでも安いところでマッサージをしてもらおうと安いところを探すわけだ。まぁ結局のところ2時間250Bのところで落ち着いて、最近は同じところに行き続けている。いろんな人の話を聞きつつまとめると、値段が高いからといって決して腕が良いわけではなく、値段が安いからといって腕が悪いわけではない。誰にマッサージをしてもらうのかというところがポイントになるわけだ。で、僕が通っている(というほど行っていないが)マッサージ屋さんは、タイ古式マッサージの総本山(!?)ワットポー系列のお店でマッサージ学校を持っているワットポーマッサージ。スクンビットSoi33に入り、少しいかがわしいエリアを抜けて右手にある。2、3軒のマッサージ屋さんが並んでいるので見逃すことはないであろう。

ここのマッサージ屋さんに来るのも、3、4回目だろうか。別段下手でもないが上手でもないという人が僕に割り当てられていた。マッサージ屋さんは、行ってからどんなマッサージを何時間やるかを申し込むと、希望を言わない限り手の空いているマッサージ師が割り当てられる。当然、この人が良い!っていうマッサージ師がいるわけでもなく、今回も適当な人が割り当てられたわけだが、偶然にも割り当てられた人が僕の体の悪いところを考慮しつつ丁寧にマッサージしてくれるのだ!通常の施術をしてもらっていたところ、右肩が痛いので「いたっ!」とタイ語で言うと(日本語も通じる(笑))、いろんな角度を試しつつ肩の筋肉をもみほぐしていってくれるのだ。そのさわり方は超高級病院バムルンラードよりも丁寧であった(笑)心なしか肩の稼働範囲が広がったような気がする。普段は50Bのチップを渡すのだが、あまりにも上手だったので100B渡してしまった。そのぐらい良かったのです。番号もちゃんと覚えたし次回からこのマッサージ師さんを指名してお願いしてもらうことにしよう~。

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2005年01月18日

授業開始

タイに来て二学期目の授業が始まる。一学期目は「コンピュータネットワーク」というタイトルの授業を上司のカンチャナ先生と一緒に受け持った。カンチャナ先生も忙しい人なので頻繁に出張が入り、僕がやる担当だったところに加えて断片的に授業を任されることになっていた。そういう授業の受け持ち方は僕にとってかなりストレスフルで学生との交流は楽しいものの授業の準備が大変だったのを思い出す。

二学期目は、カンチャナ先生が別の授業を持つので、「コンピュータネットワーク」の授業を完全に任されることになった。こうなると自分の段取りで自分のペースで話を進められるのでかなり気楽だ。授業の準備はあいかわらず大変だが何よりストレスがたまらないのが嬉しい。

しかし、今回も学生に無理を言うことになりそうだ。実は第一回目の授業開始は1月11日のはずで、既に3時間分も休講にしてしまっている。このあと、出張が控えており、総授業時間数47時間のうち、25時間も休講にしなきゃいけなくなっているのだ!というわけで補講のスケジュールを立てないとね。

忙しいけど楽しい日々がまた始まった。

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2005年01月17日

地下鉄事故

日中、仕事をしていると友達からチャットで話しかけられた。「つっちーさん、大丈夫でしたか?」僕は何のことだかまったくわからないので、理由を聞いてみるとどうやらバンコクの地下鉄でけが人が出るほどの事故が発生したらしい。タイにいながらにしてまったく気がつかなかった(笑)タイ人スタッフに知ってる?友達とか平気そう?と聞いてみると、みんな知っていた。だけど、別段、特別な感想があるわけでもなく日常良くある事故と同等の扱いのような感じで、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているわけではなかった。ということもあり、僕もそんなものなんだ…。ぐらいの感じでスルーしていた。だけど、タイではあまり大きく扱われていないこのニュース、日本では大々的に報じられたようですね。しかも日本人男性が事故に巻き込まれてると報道があったそうで、多くの人が心配してくれた。ありがたいことです。ちなみに、その日本人男性、病院に行くまでもない軽傷だったらしいですが一応病院に行って何事もなかったかのように歩いて帰ったという噂です。

タイの地下鉄は2004年8月にできたばかりで、まだ綺麗だ。どういう理由だか知らないが地下鉄構内や地下鉄車両内に一切広告がない。それとは別に2000年12月に開通したBTS(通称スカイトレイン)という交通機関もある。僕はBTS沿いに住んでいることもあり生活圏が異なるので地下鉄を使うことはほとんどないのだ。今までで地下鉄に乗ったのは3回ぐらいじゃないんだろうか。なので、BTSで事故があったらもっと心配してください(笑)

ちなみに、この事故の結果、地下鉄は一週間の営業停止。既に事故の原因はわかっているのだが、事故の原因を一週間調査して安全性が確認されて運行再開となる。まぁ、懲罰的な営業停止であろうという見方が大勢を占めています。

投稿者 tsuchy : 22:18 | コメント (2) | トラックバック

2005年01月16日

高級卵ご飯

Jalux卵高級たまごご飯


以前、バンコクの卵は生では食べられないことを書いた。なぜなら鳥が卵を産み落としてから店に並ぶまで温度管理などなされていないから新鮮な卵であっても安心できないようだ。また、卵が洗浄されていないため殻には大量の雑菌がついているんじゃないかと思う。そういうわけで生食できる卵はバンコクの通常のお店では手に入らない。

先日、風邪を引いて倒れた僕はどうしても生卵が食べたくなって(なぜだ?)、病院の帰りに伊勢丹の食品売り場に駆け込み、噂に聞いていた「JALUXたまご」なるものを購入した。実は、僕がバンコクに来て生卵を食べたことないという話をしたら、同僚の福田さんが「じゃぁ今度うちですき焼きでもしましょう」と言ってくれていたのだ。すき焼きのたまごにJALUXたまごを使うんだと聞いていたのです。あぁ、そういう意味では生卵、フライングしてしまった。すみません。福田さん。

このJALUXたまご、千葉の養鶏場で産み落とされた卵が日本航空(JAL)でバンコクに空輸されてくる。だからだと思うが、JALUXたまごという名前が付いている。安易なネーミングだ。普通にみえるこの卵、6個で200バーツ(約540円)。一個90円の計算になる。高いなぁ。でも、どうしてもたまごご飯が食べたかったので清水の舞台から飛び降りるつもりで買ってみた。なんてことはない普通の日本のたまごだ。炊きたてのご飯(もちろん日本のお米、ただしチェンマイ産)をどんぶりに盛り、たまごを落として醤油をかけてかき混ぜる。わー。美味しそう!

結局、おかずも待てずにたまごご飯だけで一膳食べてしまったのでした。ご飯が食べられるようになったので元気になったってことだ。うん。

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2005年01月15日

すごい寒い…

曇り空のバンコクこの週末は日本も寒いと伝え聞いている。なのでバンコクのこの寒さぐらいで何を言う!と怒られそうだが、人間が感じる寒い暑いなんて相対的なものなので寒いのには変わらない。病み上がりであったがボスの村井さんに会うためにいざ出陣。部屋は普通に涼しいのでいつものように半袖シャツで出かけたのだが一気に後悔してしまった。着替えに戻る余裕もなかったのでそのまま目的地のオリエンタルホテルに行く。なぜかエアコンがガンガン効いていた…。以前にも書いたがエアコンはサービスなので消せないのだ。腹立たしい。気温は20度前後ぐらいだろうか。タイ人上司であるカンチャナ先生もこれは異常気象だという。乾期だというのに雨も降り、どんより曇り空。天高くどこまでも行けるような青い空はどこに行ったのだろう。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ブログのインターフェース、向上させました。月めくり出来るようにしたので、それぞれの月の記録が簡単に見えるようになってます。ここ最近、更新していなかったので読みやすさ向上のため変更しました。皆さんからのコメントが継続への意欲となってるのでコメントよろしく。ウサギと一緒で寂しいと死んでしまうのです(笑)

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2005年01月14日

病院再び

以前、右肩が痛くなったため超高級病院のバムルンラード病院に行った話を書いたが、実際のところその診察には満足していなかった。特に体に触るわけでもなく問診だけで診察が終わり、治療法を決定。こんなんで良いのか?!と不満ではないものの満足はしていなかった。

この度、体調が悪くなったので病院に行くことを決意し、どこの病院に行くか考えた。前に行ったところは今ひとつだったので別の病院にしようと思い調べたところ、バンコク病院が良いらしいと言うことがわかった。うちからは少し遠いのだが体調も悪いし、おとなしくタクシーで移動。病院について早速受け付け。病院内には、JMS(Japan Medical Service)というところがあり、もうそこは日本の病院。受付のお姉さんも看護師さんも先生も普通に日本語をしゃべるのだ。置いてある雑誌や新聞も全部日本語。正直驚いた。僕は日本語で症状を伝え、お医者さんが診察をしてどのような治療法で行くかの説明を受ける。あたかも日本にいるようだ。結局、怪しい病気ではなかろうと言うことで、もらいすぎでは?と思うほどの7種類の薬をもらい家に帰る。とりあえず明日になっても調子が良くならなかったら点滴をうちに来てくださーいだって。

これで治療費が約7000円ぐらい。日本で診療したと仮定すると3割負担で2100円ぐらいになるのかな。そう思うとむちゃくちゃ高いってことはないよね。

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2005年01月12日

バングラ最終日

ブルーサファイアとムーンストーン無事に仕事が終わったので本日は純粋に移動日だ。水も買いに出られないほど危険な国ということもあり、ホテルと職場を安全な車で単純往復。こういう生活は意外と精神的にダメージが大きい。大げさに言ってみれば軟禁されているのと同じだものね。行動の自由が制限されるのはかくも大変なことだとは…。正直疲れました。

で、最終日は一緒にバングラディッシュに来ている福田さんとYooとシェラトンとは別の有名なホテル、ショナルゴン(パンパシフィックホテル系列)に行く。飛行機が飛ぶまでの時間をショッピングで過ごそうという狙いだ。実はバングラディッシュはガーネット(確かそう言ってた)が有名らしく宝石を安く買えるらしい。

ショナルゴンホテルに到着すると、もう外の喧騒とは別世界。普通に先進国でショッピングを楽しんでいるような感覚に陥る。東南アジアの良い小物の通信販売をしている福田さんは宝石商顔負けに買っていたが(一部脚色有り)、僕も買おうかどうか迷ったあげく買うことにした。自分の誕生日である6月の誕生石はムーンストーンという石とスターサファイヤという石らしい。何の装飾もなされていない原石をそれぞれ一つずつ購入。ムーンストーンが9ドル。スターサファイヤが60ドル。もう少し値切れば65ドルぐらいになったのかな?きっとここで買わないと二度と買わないんだろうなぁと思ったのとスターサファイヤの美しさに一目惚れしてしまったのが購入の理由だ。こういう宝石は真贋の判別が難しいのだろうが、この石の輝きに60ドルは悪くないよねと思ったので買ってみた。仮に偽物だったとしても60ドル分、自分は楽しめそうだと思ったから。バンコクに戻ったらネクタイピンでも作るかな~と思っているところです。

タイ国際航空322便に乗りバンコクに向かう。バンコクに到着後、大都会であることに一安心。身の危険を感じないことがこんなにも自分の心を解放するなんて。驚きでした。あぁ、勤務地がバンコクで良かった(笑)

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2005年01月11日

困難な水入手

東南アジア諸国では、ホテルの中にフリーの水が置いてあることが多い。それは水道水が飲めないので飲料用として、歯磨き用として使ってくださいということだ。僕が泊まったシェラトンホテルでは、1.5リットルのペットボトルがチェックインしたときに置いていた。しかし、そんな水などあっという間になくなる。僕は水をがぶがぶ飲む人だからだ。砂漠で遭難したら真っ先にのたれ死ぬのは僕だろう(笑)

なくなった水を補充するべく部屋のミニバーをチェックすると、小さいエビアンが置いてあった。一本200タカ(400円)だって。ありえねー。そんな高い水を飲むような家には生まれてきていないので水を外に買いに出ようとする。ホテルのコンシェルジュに水を買いに行きたいんだがお店はどこにあるの?と聞くと、ホテルのそばにあるよと返事がきた。外国人の僕が歩いて買いに行って平気?と聞くと、しばらく考えた後に僕が買いに行ってあげるよ!と言ってくれた。100タカを渡し、20タカの1.5リットルのペットボトルを入手。50タカをお礼に渡した。結局、70タカ(140円)ぐらいの水になったんだが安全には代えられないよね。

しかし、水も買いに出られないようなバングラディッシュってやっぱり怖い国だ。

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2005年01月10日

手で食べるご飯

バングラディッシュ料理バングラディッシュは、東パキスタンと呼ばれていた時代があるらしくインド圏の文化を色濃く持っているようだ。なんもんで、箸やスプーンを使わずに手で食事を取る文化がある。お昼ご飯を一緒に食べていると彼らは上手に手を使って食事を取る。試しに真似してみた。全然上手に食べられなかった。なかなか難しいもんだ。

ただ、スプーンとフォークでご飯を食べたときと手でご飯を食べたときとでは、おかずの食べ方が非常に異なることに気がついた。こちらのおかずは何か特別な調理方法をとっているわけでもなく、最後の一手間をかけていないこともあり、素朴な状態でどかんと出てくる。それをフォークとスプーンで食べようとしたら、例えば骨にこびりついた肉を食べようとしたら非常に難しいのだ。魚についている骨をフォークとスプーンで一本一本取っていくのは難しい。しかし、手でぱぱぱっと取っていくのは簡単なのだ。骨付き肉だって手で取って口でこそげ取るようにしたら簡単でしょう?

そういう経験から食文化と食器には大きな関係があるんだということに気がついた。和食も確かに箸で食べるようになっているわと関心。バングラディッシュと関係ないけど、海外からのお客さんが黒豆をスプーンで拾ってはポロポロ落としているのを見ると、あー、黒豆は箸でつまむもんだよなと思うのでした。

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2005年01月09日

バングラディッシュタイム?

ウィンターケーキ時間にルーズな僕が言うのも何だが、タイの人も時間にルーズだが、バングラディッシュ人も時間にルーズだった。サンプル数が少ないので信憑性がないのだが仕事の進め方とかもタイ人に似ているところがあり、かなり適当なところがあるので、きっとバングラディッシュ人も時間にルーズなのだろう。8時30分の待ち合わせでホテルのロビーで待っていたのだが、待てど暮らせどお迎えが来ない。結局、到着したのは9時を過ぎていた。ま、怒ってもしょうがないから怒らないんだけど、何だかなぁと思った瞬間だった。

お昼ご飯の時間もかなり曖昧。僕がバングラディッシュの文化を知らないだけかもしれないんだが9時ぐらいから仕事を始めて11時ぐらいにお茶を飲もうと誘われる。えー。あとちょっと待ったらお昼ご飯なのに…と思いつつお茶を頂く。お昼ご飯が1時過ぎに到着。お。今、書きながら思ったんだが2時間働いて休憩、2時間働いて休憩、そういうリズムなんだろうか!なんだ、時間にぴったりじゃないか。

休憩時間にはバングラディッシュの伝統的なお菓子を振る舞って頂いた。ウィンターケーキというお菓子だ。お米からできたお菓子のようなものなんだが微妙にパサパサしている…。うーん。こりゃお茶がないと飲めないなぁ。お味の方は…甘すぎず素朴な味でシンプルだった。ウィンターケーキというお菓子はいくつかあるようなんだが、結局、食べたウィンターケーキは一種類だけでした。,

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2005年01月08日

バングラディッシュ到着

バングラディッシュの街角僕の行ったことのある国に新しい国が加わった。バングラディッシュ。地球の歩き方も出ていない国で日本人があまり訪れない国であると思われる。通過はタカ(taka)。1タカ=2円らしいので、ついている値札を倍にすれば円になるので計算は簡単。しかし、飛行機に乗って、空港について驚いた。かなりの日本人が飛行機に乗っているのだ。どうやら日系企業がバングラディッシュに存在しているらしく、その駐在員や出張者が飛行機を利用しているらしい。空港では日本人を捜すドライバーで溢れかえってる。空港のロビーを出たら空港内に入れない群衆がフェンス越しにずっと立ってる。この人たちはいったい何をしに来ているんだろう…。すごい怖いなぁというのが最初の感想だった。

バングラディッシュに到着した1月8日は、ハルタルと呼ばれる暴動がおこる日らしく、事前にそのハルタルが起こることを知っていた我々は市内に入ることなく空港の近くのホテルにとどまることにした。このハルタルは、日本語で言うゼネストに近いものらしい。石や爆発物を用いていろんなところを襲撃するらしい。なんと恐ろしいことだ。事前にわかってるなら警察が暴動を取り締まればいいのにと思いつつ、そう言うことはされないらしい。しかし、そのハルタルは18時になったらぴたっと止まるらしい。なんなんだ、バングラディッシュ人。理解に苦しみます(笑)

安全になってから市内に入る。お。見慣れない乗り物が街を走ってる。リキシャと呼ばれる乗り物だ。人力車に自転車を着けたような乗り物。バングラディッシュ人が一般的に使う乗り物、老若男女、みんな使ってる。好奇心から乗ってみたいと言うと勘弁してくれと言われた。なにやら日本大使館からの情報で、リキシャに乗った日本人が路地に連れ込まれて身ぐるみはがされたり、命を奪われたりしていることがあるらしい。少しの脚色は入ってそうだが恐ろしい話だ。

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2005年01月07日

お好み焼き再び

広島風お好み焼き運んだお好み焼きを早速食べてみた。今回のものは広島空港で売っているもので味が読めるんだけど、今ひとつ満足感に欠ける。まぁ、そりゃさ、作りたてと比べる方が間違っているんだけどさ。でも、ブランドによって色々味が違うんだなぁ。どれが美味しいのか正直よくわからないのであった。

バンコクに広島風お好み焼き屋さん、できないかなぁ。

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2005年01月06日

久々のバンコク

約2週間の日本滞在を終え、いつものように全日空915便でバンコクに向かう。ビジネスクラスにアップグレード可能だったのだが、夕方の便だったしマイルを節約するためにもアップグレードせずにエコノミークラスで帰ってきた。我ながらいつも通りセコイなと思う。ビジネスクラスならノートコンピュータ用の電源が確保されるので普通に仕事をするんだけどエコノミークラスには電源がないので電池の続く限りの仕事しかできない。そんなもんで映画を見た。最近、機内でしか映画を見てないぞ…。

スチームボーイ:日本のアニメ。期待せずに見たのだが面白かった。ストーリーの展開が簡単に読めるところが単純だなぁと思ったけど、ハリウッド映画を見ているかのような錯覚に陥る。純粋に娯楽として楽しめた。ご飯を食べながら見たのだが満足。声優がいけてないという評判も聞いていたが、あまりそこにこだわりを見いだしていない僕は満足したのであった。

Mr.3000:チームワークって何!?俺様を中心に地球が回ってるぜ!みたいなこをと言いつつ3000本安打し、即引退。5年後の野球殿堂入りを目指して、ビジネスにいそしむ、Mr.3000。でも数年後に数え間違いが発覚。3本のヒットを求め、再度、メジャーリーグに挑戦する…みたいな話なんだが、現実的にはあり得ないだろう!?と思いつつ見ていた。まぁまぁ楽しめたがアメリカ映画らしい映画だった。

そうこうしていたらバンコク到着。うわ。暑い。やはりバンコクは南国だ。久々のバンコク。あー。ソムタム。食べたい…。

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2005年01月05日

研究室のミーティング

もう何ヶ月ぶりだろうと思うほど久しぶりに日本の研究室のミーティングに参加した。議題は研究室ネットワークをどう構築・運営するかという話題。技術レベルだけでなく運用に対する心構えが、僕のタイでの研究室と大きく異なる。このレベルに到達するまでにはずいぶん時間がかかりそうだ。藤沢で研究室ができてから早15年。やはりこの15年に追いつくのは容易ではないなぁ。15年間の技術の差は埋められるが精神は追いつかない。心や考え方、文化の育成というのは本当に難しい。

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2005年01月04日

お好み焼き入手

広島出身である僕は三度の飯よりお好み焼きが好きだ(あれ?!^^;)。しかし、バンコクではお好み焼きを簡単に食べられないんだよね。関西風のお好み焼きは居酒屋に行けばあるんだけど、あれは広島風のお好み焼きとは比なるもので、完全に別の食べ物なのだ。というわけでバンコクで広島風お好み焼きを食べたーいという欲求が高まるのであった。

実は、大学時代の友達が壮行会をしてくれたときにお好み焼きを焼くための用具を一式プレゼントしてくれた。これで自分で作って食べてくれ!という意味が込められていた。嬉しいことだ!美味しくできたら、もしくは仕事に夢やぶれたら、バンコク発の広島風お好み焼き屋台をやってくれという願いも込められている(笑)だが現実は鉄板やホットプレートがなく、バンコクに来て半年がたつというのに一度も作ってないのであった。皆さん、ごめんなさい。そのうち絶対に作ります。

で、バンコクで広島風お好み焼きを食べるために日本で作ったものを個人的に空輸するのだ。1月6日にバンコクに戻ることになっているが、本日、お好み焼きが到着した。チルドパックになっていて冷蔵で約一週間、冷凍で約一ヶ月は持つそうなのだ。実はこういうお好み焼き入手は2回目。4食分を輸入したので週に二回食べて2週間は持つ計算だ。あぁ、月に一度ぐらい、誰かバンコクに来ないかなぁ(笑)

投稿者 tsuchy : 10:09 | コメント (2) | トラックバック

2005年01月03日

タイと映画

ネタがない。それもそうだ。日本にいるんだから。というわけで、本日はネタ帳からネタを引き出す。

バンコクに来て映画を何度か見た。バンコクの映画館も日本の映画館と同じくシネマコンプレックススタイルだ。だいたいどこの映画館もスクリーンが6~8枚あって、いろんな映画を流している。映画鑑賞の値段は、一回120Bぐらい。値段は映画館によっても違うし、見る時間帯によっても異なる。上映されている映画は、タイの国産映画、ハリウッド映画、たまーに日本映画かな。字幕は当然のごとくタイ語。だからハリウッド映画や日本映画じゃないと理解できない。最近は韓国映画もタイに入ってきているんだが、音声は朝鮮語、字幕はタイ語じゃ理解できないのです。あはは。早くタイ語を読んで理解できるようにならなきゃ。ちなみに、僕は意識したことがないのだが、ひとつの映画が上映されている期間は非常に短いらしくぼーっとしているとすぐに見逃してしまうらしい。

そうそう、タイで映画を初めて見るときに驚いたことがひとつある。上映が始まる前、CMや近日上映開始の映画と本編の間に、タイ王国と国王をたたえる映像が流れるんだけど、その時にはみんな立ちあがり一緒に映像を注視するのだ。どういう意味合いがあるのかはしらんが、想像するに国への忠誠心の表れでしょう。日本にはそういうのがないからちょっと驚きました。

投稿者 tsuchy : 22:15 | コメント (2) | トラックバック

2005年01月02日

被災者・遺族支援

亡くなられた方が10万人を超えるという未曾有の大災害になったインドネシアスマトラ島沖地震だが、タイ政府が亡くなられた方、行方不明の方、怪我をなさった方の情報を集め提供しはじめた。これがそのURLである。

http://www.csiphuket.com/

また、WIDEプロジェクトが開発したIAAを利用した情報収集・提供も始まっている。

http://www.iaa-alliance.net/

何か情報をもってらっしゃる方は、情報提供をよろしくお願いします。

投稿者 tsuchy : 07:46 | コメント (5) | トラックバック

2005年01月01日

国際交流?!@電車

新年あけましておめでとうございます。2004年は自分にとっても色々なことがあった年でした。一緒に楽しいことをできた皆さんには感謝しております。ご迷惑をおかけした皆さんにはお詫び申し上げます。2005年が皆さんにとってすばらしい一年になりますように。

本日、わずかな滞在時間を有効に活用するべくコンピュータ関連製品の買い出しに出かけたのだが、その電車の中で東南アジア系の人と出会った。5~7歳ぐらいの子どもさん二人とおばあちゃんの三人。三人のコミュニケーションは当然母国語である言葉でおこなわれており、日本人の僕は話している内容をうかがい知る余地がない。だが、その言葉の端々にタイ語かなぁ?と思われる言葉が混じっており、ひょっとしてタイの人かな?と思ってタイ語で話しかけてみた。仮に相手がタイ人だったとしても僕のタイ語が通じるかどうか定かではないが(笑)、相手はタイ人ではなかった。おばあちゃんが日本語で「ベトナム人」って答えてくれた。東南アジアは暑いのでコートやジャンパーなんかを着たりすることはないんだが、子どもたちはかなり着ぶくれしていた。胴回りが倍ぐらいあるんじゃないかと思うぐらいの着ぶくれ。きっとこの子たちが大人になってベトナムで暮らすようになったとき、こういう着ぶくれ状態の写真を見ると感慨深く思うんだろうなぁと意味もなく思ってしまった。

しかし、タイ語とベトナム語、似てるところがあるのかなぁ。

投稿者 tsuchy : 23:20 | コメント (6) | トラックバック