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2005年10月31日

VPN

OSを再インストールして環境構築を整え、なんとか仕事ができるようになりました。良かった良かった。月曜日の仕事に間に合ったよ。というわけで、本日、朝から仕事をしようとコンピュータを接続し、慶応との間にVPNを接続しようと思ったら、あれ、できないじゃん。なんでだよー。出てきているエラーは「エラー 768: データを暗号かできなかったため、接続できませんでした。」だって。色々調べていくと、IPSECが起動していない状態だと、このエラーが出るみたい。よし、じゃぁ、管理ツールのサービスから、IPSECを起動。あれ、起動しないぞ。IPSECを起動しようと思ったら、今度は「エラー 1747: その認証サービスは認識されません。」だって。なんでだよー。とりあえずトラブルシューティングをする時間もなく仕事をしなきゃいけなかったので、おっかけられたのはここまで。

むー。IPSECのモジュールが入っていないのか、何かのソフトウェアをインストールしたときに、そのモジュールが上書きされたか削除されたりしたのか。Windowsって本当にわけがわからん。マイクロソフトの中の人~。解決方法をお教えくださーい。

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2005年10月30日

散髪

えーと、ずいぶん髪が伸びてきたので髪を切りに行くことに。日本では大学の近くの散髪屋さんにかれこれ10年近く通っていたのだ。バンコクに赴任することになって、当たり前だけどこの散髪屋さんにいけなくなったのでした。たまたま帰国しているときに髪が長ければ行って切ってもらうとかしてたけど、帰国の予定もないしどうにもならないのでバンコクで髪を切ることにしました。以前から行っているお店、伊勢丹の2階にあるMOGAってところ。カットとシャンプーで700B。

このお店、散髪屋じゃなくて美容院。日本にいるときは、美容院って女の人ばかりで、置いてある本も女性向けだったりして居心地が悪かったこともあり、散髪屋に行ってた。バンコクには散髪屋もあるらしいんだけど、とりあえず日本人に日本語でこうしてああしてと言えるのは気楽だ。もっとも、あまり見てくれを気にしない僕が、ああしてこうしてって言うことなんてないんだけどね(^^; ま、気分の問題。日本語で雑談しながら髪を切ってもらうのがなんとなく気分転換になっていいのだ。

バンコクには散髪屋さんもあるらしい。名前が「男爵」っていうのだ。なんだか、ちょっとねぇ。名前で判断しちゃいかんが、なんとなく行きづらい名前だなぁ。

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2005年10月29日

送別会

僕がバンコクに来て、すでに1年以上が過ぎました。僕が来たときには、いろんなところで歓迎会をやってもらったりして、自分がバンコクに来たことを感じさせてもらったけど、僕みたいに来る人もいれば帰る人もいるわけで。というわけで、送別会。

急遽、国連に勤めるゆっきーこと荒井さんが日本経由でジュネーブに転勤することになりあわてて送別会を開くことになったのです。新井さんと会ったのは、ちょうど一年ぐらい前かなぁ。日本大使館が国際機関で働く日本人を食事会に招待してくれたのが初めてだっただろうか。ちょうど翌日に大学のときの親友やまけんがバンコクに遊びに、もとい仕事をしに来たときに一緒にご飯を食べたので、それ以降、バンコク食道楽仲間として一緒にご飯を食べてたなー。

行ったお店はグレートシャンハイ。プロンポン駅のすぐ真下。エンポリアムの横にあります。もう僕が紹介する意味すらないぐらい有名なお店。北京ダックとかが格安で食べれるのです。コストパフォーマンスは悪くないと思うなぁ。

ゆっきー、ずいぶんあわただしく日本に戻りジュネーブに行っちゃいますが、お体に気をつけてがんばってくださーい。とはいえ、12月と3月に一瞬バンコクに戻ってくるようだけど(^^;)

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2005年10月28日

再インストール

うーん。調子が悪い。僕の調子も悪いけど僕のコンピュータの調子も悪い。いろんなソフトウェアをインストールしたり、アンインストールしたりしたのが良くないのか、特にオーディオ、ネットワーク周りの調子がおかしい。仕事に支障をきたすぐらいおかしい。時間を探してシステムを再インストールしようとずっと思っていたんだけど、時間を見つけられずに今日まで延び延びになっていた。今日は一念発起。システムの再インストールをした。朝早くからはじめたんだけど、環境を整えるのにはすごい時間がかかる。

しかし、再インストールをしてみると、自分がソフトウェアにかけてきたお金の量を再認識することになる。いやー、本当にいろんなソフトウェアを買ってきたよなー。インストールしなきゃいけない一連のCD-ROMを見てみるとすごい枚数になる。いちいち一枚ずつケースから出してインストールとかできないので、取り出しやすいようにCD-ROMアルバムに入れているのだ。数えてみると余裕で30枚ぐらいある。それぞれインストールした後に、再起動を要求してくる。もう何度再起動を繰り返したか…。しかも、フリーウェアの類はダウンロードに時間がかかるし。はー。環境構築も大変だ。

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2005年10月27日

沖縄気分

引き続き、iPodネタ。iPodを買うまでは、買ってからも、iPodってのは音楽を聴くためのツールであり、持っている音楽CDをiPodで聴ける状態に変換しまくって、音楽を楽しんでいた。なんだけど、遅ればせながらポッドキャストっていうのに興味を持ち、ちょっと試してみたのです。

これ、めっちゃ面白い。とりあえず沖縄のFMラジオ局が提供するラジオ番組を片っ端からiPodに突っ込んでみた。通勤時に先日記したFMトランスミッタを使ってカーラジオから聞いてみる。「うちなーぐち講座」とかなんか、バンコクと言う南国を走っているからかもしれないけど沖縄にいる気分になってしまった。車から流れてくるのはポッドキャストに蓄えられた沖縄のFMラジオ番組。もう沖縄で働いているかのような錯覚を覚えてしまう。

日本全国のラジオ番組をポッドキャストで流してくれればいいのに。例えば番組毎に100円/月とか、そのラジオ局の全番組を聞きたい場合は1000円とか。広島出身の僕は、RCCラジオの番組が1000円で聞けるなら1000円払うなぁ。ハードディスクレコーダーの登場はビデオやビデオオンデマンドのあり方を変えて、半導体音楽プレイヤーはラジオ放送のあり方を変えてしまったなぁ。すごい商品だ。iPodは音楽だけじゃない。ポッドキャスト、最高に面白いと思ったよ。これから、何年、タイの道を走るかわからないけど、ポッドキャストがあれば空間を越えて日本にいるかのような感覚を持てるような気がしました。

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2005年10月26日

お風呂に入る

お風呂 バンコクに来て早一年ちょっと。やっとお風呂に入れるようになりました。今までは十分な温度のお湯が出なかったり、お湯はおろか水しか出なかったりしてシャワーだけですませることが多かったんだけども、先日のブレーカー修理にて十分な湯量ではないものの、とりあえず熱いお湯が出るようになった。というわけで、時間はかかるけどお湯がたまったのだ!

小説を持ってお風呂に入る。いやー。極楽、極楽。日本人に生まれてよかったと思う瞬間です。若干、お湯が汚れているんじゃないかと言う気がしなくもないけど、この際、そんなことは言ってられない。お風呂に使っていると時間が過ぎる。体から汗が噴出してくる。いやー。体もポカポカ。バンコクは暑いから汗なんてしょっちゅうかいているけど、そういうのとは違うんだよな。うん。

というわけで、バンコクでのリラックス方法が増えました。あー。バスクリンじゃないけど、そういうの欲しいなぁ。お世話になっているs先生がオリゴなんとかっていうのを大絶賛していたなぁ。ちょっと僕もチェックしてみることにしよう。

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2005年10月25日

FMトランスミッタ

FMトランスミッターiPodを購入後、iPodを使うチャンスって以外と無く、飛行機での移動中だけだったのだ。なにせ車で通勤しているのでiPodをヘッドフォンで聴くってことはさすがにできないからね。ちなみに、職場で音楽を聴くことも可能なんだけど、ちょっと周囲に気を遣うので真剣に使ってはいなかったのです。

そんなもんで、前からFMトランスミッターが欲しかったのだ。FMトランスミッターがあれば、iPodからの出力をカーステレオのFMチューナーで拾えるからね。で、楽天やヤフーオークションをクリックしてるといい感じのトランスミッターが安く売ってるじゃない。これにしようかなーと思ってたら、実際の購入時には売り切れいてたのです。っぱり、ネットワーク越しの買い物は買える時に買っておかないと駄目だね。

で、仕方がないので、iPodを買った時とは別の帰国時にFMトランスミッターを遂に購入したのです。値段も欲しかったのより少し高かったけどいい感じ。車に装着してケーブルをiPodに差し込む。ラジオのチューナーとトランスミッターの送信周波数をあわせると、iPodの音楽が車から聞こえてくる~!(当たり前だっつうの)いやー、これでiPodを活用できるぞ~。

FMトランスミッターを導入後の初めての運転、BGMはアウトランとリッジレーサーでした(笑)スピードの出し過ぎに注意ですね。わはは。

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2005年10月24日

デジカメが壊れた!

割れた液晶激しくショック…。プーケットから帰ってみるとデジカメが壊れていました。液晶画面がなんと割れているのです。電源は入って写真は普通に取れるんだけども、液晶が割れているから、どんな写真が撮れたかわからない。買ってまだ一年もたっていないのに…。で、修理の手はずを整えるため、いろいろ情報を集めているところ、IXY50をキヤノン純正のケースに入れた場合、液晶が割れる場合があるという情報を得ました。しかも、無料で修理してもらったという情報までゲット。キヤノンさん、僕のもよろしく、本当に。今度、バンコクから日本に行く友達に持って帰ってもらって、修理受付に渡してもらおう。

さて、しばらく写真が撮れないのが困ったな…。携帯電話の写真って良くなってきたとはいえデジカメで撮るのよりは画質悪いし。かといって、臨時のデジカメを買うほどの予算はなし…。んー、困ったな…。

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2005年10月23日

関西風お好み焼き

関西風お好み焼き僕がバンコクに来る前に大学時代の友達に開いてもらった壮行会にてもらったプレゼントがお好み焼きセット。これで仕事の夢破れたら、バンコクでお好み焼きの屋台を開いてくださいって言われてもらったもの。ウィットに富んだプレゼントでうれしい。とはいえ、広島風お好み焼きを作るのはなかなかどうして面倒くさくって、なかなかお好み焼きを作るところまで到達しなかったのです。だけど、一念発起、広島風お好み焼きを作るのは難しいだろうけど関西風ならできるだろう?!と思い立ち作ってみました。キャベツとねぎを細かく刻んで生地と混ぜる。豚肉もあわせて焼くと豚玉の出来上がり!

これが思ったより美味しくて驚きました。生地もさくさく。美味しいじゃん。お好み焼きって意外と簡単にできるって気がついて、お好み焼きを日常的に作るようになりそうな予感。いつか、広島風にもチャレンジしたいなぁ。

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2005年10月22日

iPod

iPod遂に僕も文明人の仲間入り!(笑)以前、帰国をした際にMacOS Xの新しいバージョンTigerを買いに銀座のアップルストアに寄ったんだけど、アカデミック版のTigerはアップルストアでは売っていなかった…。もうがっくり。なんだけど、偶然にもワゴンセールをやっていて、そこでAppleの様々な製品が激安で販売されていたのだ。iMacやG5のMacがなんかすごい安く売ってる…。既にMac miniを買っちゃっていた僕は本体の方には目もくれなかったんだけど、そこにiPodを発見!20GBタイプの第四世代っていわれているやつがなんと2万円で売っていたのです。えー。Appleって安売りしないんだと思っていたのに、目の前でiPodが2万円で売っているとは!実は、iPod系列の商品、欲しかったんだけど、iPod miniにするかなーとか、iPod PhotoのPhoto機能はいらないよなー。それより安く買えると良いなぁと思っていたので買うところまでは行かなかったのだ。だけど、目の前にPhoto機能はついていないものの20GBのハードディスクを内蔵しているiPodが2万円で売っているじゃないか!ええと、買っても良いですか?!と思いつつ、即購入。

これで僕の持っているCDが一台のiPodに全部入るぞ~。文明人の仲間入りだ~(?!)

Mac mini購入後、Appleの戦略にはまっているような気がする僕。ちなみに、次のApple製品の購入はもう決まっているのだ。intelベースで動くMac OS。僕が学生に6,7年前から言っていた製品が遂にでるようなので、それをメインの仕事マシンに据えるのです。あー。早くでないかなぁ。今から楽しみです。

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2005年10月21日

うどん

うー。引き続き体調が悪い。徐々に調子はよくなっているとはいえ、絶好調からは程遠い。精神的なもんなのかなぁ。食欲は徐々に戻ってきているのだけど、タイ料理を食べたいという思いは出てこない。学食は基本的にタイ料理なので、必然的に職場でご飯を食べる気が起きないのだ。やっぱり疲れているときは和食が食べたい。日本人はやっぱり和食なのだ。というわけで、職場から車で10分ぐらいのショッピングセンターに行こうと思い立ったのでした。そうすると、カンチャナ先生とカンチャナ先生の右腕ペンシーさんも一緒に行くと言いはじめたのです。

ペンシーさんの運転で一路、フューチャーパークへ。行った和食屋さんは「fuji」というチェーン店。日本人の多くは「fuji」をおいしくない!と言う。僕もそう思う。だけど、「fuji」レベルの料理しか出せない日本のレストランも日本国内に大量にあることを思えば、海外で健闘しているんじゃないかなぁと思うわけです。アメリカで出される和食を思うと、「fuji」の和食なんてまともなほうじゃんって思う。もっとも、一人ではfuji」に行かないけど、タイ人の友達と行くときは「fuji」に行くこともあるわけだ。

というわけで、「fuji」。僕はうどんを食べる。ほっとする。うどん。ちなみに、カンチャナ先生とペンシーさんは、ラーメン餃子ライスのセットを頼む。つか、日本人より日本人的な頼み方…。ラーメンとライスに餃子がついているセットを頼むなんて。オヤジじゃないんだから…。と思いつつ見てしまった。カンチャナ先生とご飯を食べると仕事の話しか愚痴の話ばかり。ちょっぴり疲れてしまった。

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2005年10月20日

点滴

点滴のあとうーん。風邪が治らない…。月曜日からずっと体調がわるくって、熱があってのどが痛いぐらいだったから気合いで乗り切ろうとしてたんだけど、駄目だった。遂に風邪がお腹にきてしまって、遂にお腹が下り始めたのです。頑張って通勤しようと思ったものの、通勤途中にお腹がゴロっとなってしまい、トイレなんかないもんだから通勤もできない始末…。

とりあえず、大学には出勤できない旨を伝えて、出すものを出してから、病院に行くことにした。うー。以前にも書いた記憶があるけど、バンコクの外国人向け病院はとにかくすごい。そんな中でも僕が気に入っていっているのがバンコク病院。特にバンコク病院を選ぶ理由はないんだけど、始めていったバムルンラード病院はやりすぎのような気がしたからかもしれない。

いつも看てもらっている女医さんに症状を伝えて、さっそく看てもらう。なんだかいつもより念入りだなぁ。やっぱりお腹がくだっているとなると、いろいろな伝染病とかの可能性が高まるからだろうか?挙げ句の果て、まぁ入院をする必要はないでしょうとまで言われた。僕としては入院?!っていう感じなんだけど、やっぱり東南アジアでは病気に対してもっと慎重にならなきゃいけないのかもしれないなぁ。ま、入院するにはいたらなかったけど、とりあえず点滴はうちましょうということになり、1時間弱ほどベットに横たわって点滴をすることに…。

あぁ、早く治るといいなぁ。

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2005年10月19日

募金

今日、大学で仕事をしていたら秘書さんが募金袋を持ってきた。そう、パキスタンで起きた地震からの復興を支援するための募金。なんか、パキスタンネタが続くなぁ。

僕は、こういう募金、あまりやらないタイプなのです。もちろん、全ての募金が怪しいとは言わないけど、募金の中にはネコババ系とかもあったりするし、どう使われているか良くわからないことが多いから。募金を集めておいて、オーバーヘッドが取られていたりして、なんだよ、オーバーヘッドの分も募金しろよとかって思っちゃうわけで。それなら、募金を広く集めるよりも、国ががばっと支援する方が効率がいいと思っているのです。だから僕は募金をしないのです。国が災害国を支援するために増税しまーすっていうなら僕はそれでもかまわないと思うし、増税しなくてもやりくりで何とかできるでしょ?とか思ってる。ま、僕はすごい募金の一面しか見ていないような気がするけど、気分の問題としてそう思っているのだ。

なんだけど、目の前に募金よろしくーと袋を置かれたら、なんだか入れないわけにもいかない気がしてきて、僕にしては珍しく募金してしまった…。願わくば、募金が正しく使われますように…。

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2005年10月18日

パキスタンの学生

やっとパキスタン出身の学生と話をすることができた。話を聞くところによると、彼や彼の友達は今のところ全員無事だったらしい。他の亡くなられた方々には申し訳ないんだけども、彼にとっては不幸中の幸いだったんだろうなぁ。もともと、彼がパキスタン南部のカラチ出身だということは知っていたので大丈夫でしょ?と思っていたんだけど、彼の親戚や友達はイスラマバードで働いているらしく、彼自身も親戚や友達の安否が気になっていたらしい。ま、何はともあれよかったよかった。

だけど、彼から話を聞くかぎりでは、本当に支援物資が届いていないらしく、テレビで報道されているそのままが今、パキスタンの現状らしい。むしろ、あれよりもひどいという感じのようです。毛布やテントがなくって、みんな野宿しているみたい。パキスタンの中でも裕福な人、貧しい人、いろいろいるんだけども、災害時と言うこともあり、裕福な人も貧しい人も野宿を強いられているようです。

んー。災害はやっぱり大変だな…。東京では大地震が起こると言われ続けて何年にもなるけど、経済が発展しているだけに、すごい被害額になるんだろうし、以前と同じような生活を、以前と同じような社会を作り上げるのにはすごい時間と金額がかかることでしょう。仮に六本木ヒルズが倒壊したとして、同じものをあそこに立てる気力が社会に出てくるだろうか…。

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2005年10月17日

湧川先生

結局、昨日の夜、ホテルに帰ったのは10時ぐらいだったかな。そのあと、荷物をまとめつつ、ベッドの上でうっつらうっつら…。気がつくと寝てしまっていた。危ない、寝過ごすところだったよ。あわてて最終的に荷物をまとめてチェックアウト。昨日の夜、早朝のタクシーを頼んでいたんだけど無事に来てくれていた。よかった。よかった。飛行機の出発までラウンジで過ごす。ううう…眠い。飛行機の中では爆睡してしまった。

バンコクに戻ってからタクシーに乗り込み二人でAITに向かう。空港からはメーターの金額+50バーツが相場なんだが、大学の近くまで着たらいきなりメータを倒された。えっ?と思ったんだけど、運転手が言うには250バーツらしい。マジかよと思いつつ、かなり怒り気味に交渉したんだが、結局、250バーツを払っちゃった。カンチャナ先生に聞くと、そんなはずは無いといわれた。あーあ、だまされたのか?!
(後日談として、空港のタクシー乗り場でシステムを聞いてみると、やっぱりそういうシステムらしい。なんだよなー。じゃぁ、最初からメーターを使うなよなぁ)

でもって、午後から湧川も副査をやっている学生のプロポーザルディフェンス。ほとんど二時間かけて二人のディフェンスをやる。そのあと、湧川先生の講演、学生の相談会と忙しく過ごす。お疲れ様でした。ありがとう。これからもよろしくね。

夕方頃、長さん登場。入れ替わるよう湧川は日本に向かって飛び立ったのでした。

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2005年10月16日

普通のタイ料理はどこで食える?

なんか色々あって、かなりげっそり…。ほとんどみんな帰っちゃったんだけど、月曜日にバンコクへ移動する長さんと湧川に付き合って僕もプーケットにもう一泊。仕事の関係で、早朝便の飛行機に乗るので早く寝なきゃ…、もしくは徹夜しなきゃ…。そんな状態。なんだけど、とりあえず晩御飯を食べなきゃってことで、僕、長さん、湧川の三人でプーケットの町に出かける。

やっぱり僕はシーフードが食べたくないので他のものを食べようと提案するものの、タイ料理を希望されたのでタイ料理を食べることに。ただしシーフードじゃないもの。パトンビーチを知らない僕は、迷わずコンシェルジュにタイ料理の店を聞く。帰ってくるのはシーフードのお店ばかり。だから、そんなのが食べたいんじゃないんだって。質問を変えてみた。「おねーさんはいつもシーフードを食べてるの?そうじゃなければどこで何を食べてるの?」って。そしたら、ここに行けというエリアを教えてもらった。早速、3人でそのエリアに向かう。もちろん、ソンテウで行くわけだが、価格交渉、失敗しました。50バーツぐらい高く乗ったような気がするなぁ。

目的のタイ料理は食べられたんだけど、味は普通だったかな。パトンビーチの周辺に住むタイ人は、どこで何を食べているんだろう…。

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2005年10月15日

超豪華イタリアン

本日でプーケットの会議も終わり、スケジュールがあう人は帰ってしまいました。後日帰ることになっている我々は、プーケットで夕食を食べることに。またシーフードかっ?!っていう心配は吹き飛びました。というわけで、今日は福田さんお勧めのイタリアンに行くことに。プーケットタウンにある「(名前忘れた!)」というお店。ホテルはパトンビーチにあったので、ソンテウに乗り込んでプーケットタウンに向かう。しかし、このソンテウの運転手。われわれが日本人だってわかっていて値段を吹っかけてきた。プーケットタウンまで行くのに800バーツとか言ってる。ありえないんだけど…。さすがの僕もそりゃ高いって思ってたら、福田さん、しっかり交渉。なんと往復で600Bになった。かなり適正価格。かっこいい。福田さん。最後は50バーツ、100バーツの戦いなんだけど、日本から来ているみんなは微妙に驚いてました。だって、50バーツっていったら、130円ぐらいかな。そんぐらいいいじゃん?!っていう感じ。だけど、駄目なんだよ。ちゃんと交渉しないと。そうじゃないとそれがスタンダードになってしまうから。というわけで、僕も適正価格を知って正しく交渉しなければと再確認したのでした。

で、到着したイタリア料理屋さんは、かなりよかった。みんなでワインを飲みつつ、いろんなイタリア料理を食べて満足満足。なんだったかなぁ…むちゃくちゃソースのおいしい料理があったんだよね。食べ物の写真をとっていないのが寂しいところだけど、久々にシーフード以外を食べたので、感動的だった。タイ料理、僕は好きだけど、やっぱり毎日は食べられないなぁ。毎日食べられるのはやっぱり和食だわ。

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2005年10月14日

シーフードパーティ!

シーフード7日目本日から、AI3ミーティング。議論の内容も大幅に変わりつつも、充実したミーティング。AI3ミーティングだけではなく、SOI ASIAミーティングの時にも同様のことを思ったんだけど、時間の使い方が若干上手ではないのです。だけど、無駄に過ごす休憩時間があったりするも、そういった時間を使ってオフラインでの話が進むのも重要で、そういう時間があるからこそ進む話もあったりする。きちっきちっとしたミーティングも良いんだけど、こういうミーティングもありなのかなぁとも思う。

さて、本日もみんなで集まって食べるご飯も最終日。そう、本日もシーフード(笑)10月11日に行ったプランタレーを横目に見つつ、同じエリアにある別のシーフード屋に行きました。名前?もう覚えてないなぁ…。このレストランも、津波でものすごい被害を受けたらしく、全ての建物を造り直したんだそうです。これらの建造物を破壊し尽くす津波って、やっぱり怖い災害だなぁ。このお店、先日行ったお店よりは豪華だったなぁ。食べなかったんだけど、巨大な伊勢エビとかいたぞ。一体全体、一匹いくらぐらいするんだろう。写真は、上手に取れていないけど、水槽にいた巨大ロブスター。こんなに大きくてうまいのかな…。

ちなみに本日は、タイの人がたくさんいるテーブルにて食事。周りはみんなタイ人。PSUのハジャイキャンパスのスタッフやプーケットキャンパスのスタッフと一緒にご飯を食べる。会話は基本的に英語なんだけど、積極的にタイ語を話してコミュニケーションを取ってみる。やっぱり、現地の人と現地の言葉でコミュニケーションを取るのは楽しいなぁ。早くタイ語で仕事ができるようになりたいものだ。どうやら僕のボスもそういうことを僕に期待しているところもあるらしく、タイ語の勉強、頑張らなきゃいけないなぁと再度心に誓ったのでした。

ええと、本日でシーフード、何日目?!もう、シーフード、食べたくない!!!

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2005年10月13日

WIDEワークショップ

本日は、WIDEワークショップ。通常、SOI ASIAミーティングとAI3ミーティングだけ、それぞれ二日ずつ、合計四日間のミーティングをやっているんだけど、今年は特別。WIDEプロジェクトのボードメンバーが大集合して、東南アジアの人々にWIDEプロジェクトがどのような活動をやっているのかを紹介する会議を開催したのです。同様のワークショップは、アメリカのベイエリアで一回、今年の8月に韓国で一回ほど開催しているのですが、タイでも同じようなワークショップを開催したのです。普段、我々がお世話になっている東南アジアの研究者に招待状を送り、参加者を募った結果、大勢の方が参加表明をしてくださいまして大変盛況にワークショップが開催できました。質問も積極的に飛び交い、実りあるワークショプになったと思います。これが将来の活動に繋がって、大きく広がっていけばいいなぁと思ったのでした。

で、予想通り、今晩もタイ料理(笑)本日は、パトンビーチの北側、「バーンリンパ」というレストランに行ったのでした。このレストランはビーチ沿いの少し小高いところにあるレストランなのですが、津波の被害を直接受けることにより、営業ができない状態になったようなのですが、既に何事もなかったかのように復旧しておりました。お店の人たちも、地道に頑張ることこそが復興への近道だと信じるかのように、笑顔で働いておりました。心中は察しえないところもあるのかもしれないけど、何はともあれ復旧への足がかりを着実に歩んでいるのは素晴らしいことだと思います。プーケット(パトン、カロン、カタ)あたりの有名ビーチリゾートでは、津波があったことすらわからないほど町そのものは復活してきているようです。僕は津波以前のプーケットを知らないので、これが正常な状態なのかどうかわからないのですが、観光客も徐々に戻りつつあり、復興への歩みを着実に踏んでいるようでした。現地の人の話によると、日本人の観光客が戻ってきていないんだそうです。もうプーケットは普通にビーチリゾートを楽しめるところになっていますよ。ぜひぜひ、機会があればプーケットに行ってあげてくださいね。

さて、レストランにおける食事の最中に、我らがボスより我らの仲間に関する重大な告白(?)がなされました。一同、驚くと共に、ぶっ飛び…。もうすごい上手に話を進めるんだからなぁ。勉強になります(^^;)何はともあれ、末永くお幸せに~(^-^)ボスも黙っているの、大変だったろうなぁ。

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2005年10月12日

ボードの襲来

本日は、SOI ASIAワークショップの二日目、つつがなくミーティングが進む。夜はダイレクターズディナーってことで、ダイレクターの人だけ予定されたディナーを食べに行くことになっている。きっと、シーフードなんだろうな。くくく…と思いつつ、ダイレクターではない僕はシーフード以外のものを食べよー、何を食べようかなーって思うところなんだけど、そうは問屋が卸さない…。明日は、WIDEプロジェクトのボードメンバーが大量にやってきてのWIDEワークショップ。詳細は明日の日記に書くけども、要すにまた日本から新しく参加者が来る関係で、嫌な予感がしつつも本日もシーフード(滝涙)

東大の江崎先生から「俺は今晩しかタイでご飯を食べるチャンスがないんだ!プーケットで一番美味しいタイ料理屋に連れて行け!」と命がくだったのです。コンシェルジュに相談しつつ、シャロン湾のレストランに行こうとしたものの、ラストオーダーの関係で間に合わないことが判明。セカンドベストということで、またもやSAVOYシーフードに…。SAVOYシーフードが本当にセカンドベストなのかどうか少し怪しいんだけど、僕の調査能力ではこれが限界でした…。江崎先生、美味しかったでしょうか?IIJのkazuさんと一緒に、軒先のシーフードを選びに行ったんだけど、かずさんもまた目で選ぶ、選ぶ。ええと、食べきれないぐらいのお魚やロブスターやらを取ってきたのでした。正確な名前はわからないんだけどハタ系のお魚を一匹。タイを一匹。つか、両方ともすごい大きいんですが…。結局、11人で7000バーツぐらい食べたのでした。日本の感覚からするとずいぶん安いんだけど、かなーり高いご飯になったのでした。わはは。

ええと、これでシーフード五日目ですね。もう一年分のシーフードを一週間で食べた気分です。

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2005年10月11日

SOI/AI3ミーティング@プーケット

携帯に表示される地名携帯電話にふと目をやると、なんと携帯電話に地名が表示されているではないか。そう。今日からPSU(ソンクラン王子大学?!)で会議なのです。本日からミーティング開始!ええと、あんなに早くからプーケット入りしてなにしてたんだ?!という話もありますが、funyaの博士論文の相談やワークショップの準備があったと言うことにしておいてください(汗)

前回、4月のクアラテレガンヌ@マレーシアの会議から早6ヶ月。本当に月日がたつのは早い…。懐かしい顔が続々と集まってくる。名前を覚えるのが苦手な僕は相手の名前を言えずにもごもごしつつも笑顔で再会を喜ぶ。いや、本当に嬉しいものなのですよ。Family Reunionみたいな感じで。僕は途中から参加させてもらっているんだけど、ずいぶん長いことプロジェクトをやっているのでファミリーみたいになっているのだ。

ミャンマーからはUCSYのパイティン学長がいつものようにいらっしゃっている。日本でインターンシップをさせたいと思っているポスドクの学生を連れて来ていました。UCSYと慶応大学との間で行われる予定の博士課程共同審査プロジェクトがあまり進んでないので、僕的には気まずい思いをしつつの再会だったんだけど、笑顔で再会を喜んでくれました。パイティ先生、すみません(汗)

シーフード四日目というわけで、再会を喜びつつ、初日の会議を終え、みんなでご飯を食べに行くことに。というわけで、えーと、想像通り、シーフードを食べに行くことに。プーケットタウンを越えて、どこにあるのかわからないんだけど(おそらくシャロン湾なのかな?!)プランタレーっていうレストランに行きました。「タレー」ってタイ語で海を意味します。「プラン」はハンター。だから、「プランタレー」で漁師っていう意味になるんだそうです。というわけで、そうです、本日もシーフード…。ええと、今日でシーフード、何日目だ?!四日目か…。そろそろタイ料理やシーフード以外のものが食べたいよう…。

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2005年10月10日

シーフード三日目

シーフード三日目本日、恵子さん合流。えーと、やっぱり、恵子さん、シーフードが食べたいんだそうです。そりゃそうだよねぇ。というわけで、本日もまたシーフード屋さんに行くことに。昨日、SAVOYシーフードに行ったので、連日同じところに行くこともあるまいと思い、ビーチ沿いのパトンシーフードに入りました。えーと、いつもと同じように軒先に並ぶシーフードの中からお魚や蟹、エビを選び調理してもらうのです。本日で三日目。僕はもう魚を選ぶのも飽きてきたのでテーブルで待ってました。物珍しさも手伝って女性陣はぞろぞろとお魚を選びに行っております。もう、どんなものが出てきても、しょせんシーフード、もうそろそろエビ蟹から離れたい気分…。

しかも、あまり美味しくなかったんだよねぇ。パトンシーフード。後から聞くと呼び込みのお兄さんが「SAVOYシーフードより美味しいよ!」って言ってたんだそうです。ええと、本当ですか?!きっと初めて食べたシーフードがここだったら美味しく感じたんだろうなぁ…。お店の人、残念でした。

というわけで、シーフードも今日で三日目なのでした。そろそろシーフードから離れたい…。

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2005年10月09日

シーフード二日目

シーフード二日目ええと、本日、福田さん、千草さん他、多くの人と合流。晩ご飯を一緒に食べに行くことになった。僕はプーケットのレストラン事情、まったく知らないんだけども、すっごいおいしいわけじゃないけど、かといってすごいまずいわけでもない、超有名店のSAVOYシーフードにみんなで行くことに。このお店も津波ですごい被害をうけたらしいんだけど、今やそんなことを想像できないほど普通に営業している。他のシーフードレストランと同じように、SAVOYも軒先にいろんな食材を並べているので、光さんと一緒に吟味しに行く。光さん、目で選んでる。やばい、食い過ぎの予感(笑)カレイ(いやヒラメかも?)を、どうやって食べたんだっけな、もう忘れちゃった。あとロブスターやら車エビやら食べたような気がするなぁ。一緒に食べに言った人、何を食べたか覚えてる?!会議が始まるのに、やっぱり牡蠣は駄目だろう?あたったらシャレにならないからねぇと言いつつ、やっぱり牡蠣の誘惑に勝てず、とりあえず焼けば平気だろうという素人考えの下、一人一個ずつ焼き牡蠣を頼む。

本日で二日連続のシーフード。初日に食べられなかったものもあったりしたので、満足満足でした。

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2005年10月08日

パキスタンの地震

また、巨大な自然災害が発生した。今度はパキスタン。日本からしてみると遠い国であり、AITにいなかったら、大変な災害が発生したなぁと思うぐらいだっただろうけど、今、僕の学生にパキスタンの学生がいたりするもんだから、非常に気になっている。今は出張中ってこともあり学生と連絡が取れていないんだけど、彼らの家族や知人が無事であることを祈るばかりだ。

NHK(プーケットでも見れるのだ!)を見ている限りでは、今回の地震はインドオーストラリアプレートがユーラシアプレートにぶつかることによって発生する地震だという話だ。今年初めに僕が出張で行ったネパール、ヒマラヤ山脈で有名だけど、ヒマラヤはこの衝突によってできた山だということがわかる。また、インドオーストラリアプレートの切れ目を見てみると、去年のスマトラ沖の地震も同じ原理で起きたんだろうなぁと想像できる。んー。日本もユーラシアプレートと太平洋プレートの狭間で地震大国なんだろうけど、ここも地震の巣だったのか。NHKの報道によると、パキスタンでは定期的にそれなりの規模の地震が発生していたらしい。

インドネシア同様、パキスタンも経済的に恵まれない国であり、復興には巨大な資金が必要となるだろう。一日も早く、いつもの生活を取り戻してもらいたいものだ。

ちなみに、インドの東側、バングラディッシュもそのプレートの切れ目があり、地震の巣らしい。バングラディシュ…洪水あり、地震ありですごい災害を受ける国なんだと再認識。こういう自然災害があるから経済的に恵まれないのかなぁ。もちろん、それ以外の要素もあるんだろうけど、人間はそもそも平等な環境にはいられないんだと言うことを再認識。

ちょっとすごい地震ってこともあり、ブログ始まって以来、一日2投稿なのでした。

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シーフード初日

本日からプーケット出張。来週からプーケットでSOI ASIAプロジェクト、AI3プロジェクトの年二回のミーティングが開催されるのだ。本当はネパールの首都、カトマンズでやるはずだったんだけども、ネパールの政変により、次回以降に延期されたのでした。それで、津波復興支援ってことで、プーケット。観光客が減っているという話のプーケットに少しでも行ってお金を使っていくことが経済復興の重要なポイントになるからね。

というわけで、午後の便でプーケットに向かったのでした。同じ便にはfunyaが乗っており、プーケット空港到着後、タクシーに乗って一緒にホテルに向かったのでした。

晩ご飯はせっかくなのでシーフードでも食べようと言うことになり、funyaが持ってきた地球の歩き方(ただし類似品)を見つつレストランに行ってみる。入ってビールを頼んでさぁごはんを頼もうとしたらビュッフェしかない。しかも、タイ料理もシーフードも全然無い…。ゴメンして、ビールだけ飲んで次の店にチャレンジ。次の店は軒先に魚やエビ、カニがずらりと並んでいるお店。ここならタイ料理&シーフードが食べれるでしょ?ってことで、ここに決定。レストランの名前は覚えていないなぁ。ちなみに、もう何を頼んだか覚えていないんだけども、とりあえずタイ料理らしいものを食べたのでした。満足、満足。

しかし、この初日に食べたシーフードは、これから続く悲劇の序章でしかなかったのでした。

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2005年10月07日

お湯がでた!

つ、ついにお湯がでた!安定してお湯がでるようになったのだ!!ばんざーい。

先日、大家さんとばったり会い、いつものように「何か問題ない?」って聞かれたのだ。いつも、そういうことがあると「問題ありませーん」って答えていた。なんて小心者なんだ(笑)だけど、ついにお湯がでないことを伝えられた!お湯がでない原因は、ブレーカーが飛んでしまうからなんだけど、それを伝えると大家さんは「エンジニアを呼ぶからちょっと待ってねー」といって電話。しばらくするとエンジニアさんがやってきてブレーカーを交換。交換ってもエアコン用のブレーカー(32A)と給湯器用のブレーカー(20A)を、入れ替えたのだ。えーと、それだとエアコンのブレーカーが飛んだりしない?!という心配があったりするんだけど、エンジニアさん曰く、エアコンは20Aも使わないから大丈夫だよと切り替えされた。まぁ、僕はエアコンをあまり使わないし、大丈夫か。

でも、冷静に考えると一つのブレーカーが20Aって大きすぎないか?!と思った。日本に住んでいた頃はアパートの部屋全体のブレーカーが20Aだったり30Aだったりしたように記憶している。それなのに、20Aが一つの給湯器に割り当てられている?!しかも、それでブレーカーが飛ぶ?!んー。一体全体、どうなっているんだろう…。ちなみに、タイの電圧は240Vなので、かけ算すると4800W。これでブレーカーが飛ぶなんて、給湯器ってすごい頑張ってる、つか電力を消費してたんだなぁ。

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2005年10月06日

一周年!+ジェー

今週はベジタリアン週間らしい。そういえば、ちょうど一年前に、あの黄色い幟はなんなんだ?!とまわりに聞いて、ベジタリアン週間だと言うことを学習したことを思い出した。もう一年も経つのか…。なんと月日の経つのが早いことか。あれ、気がつけばこのブログ、一周年を迎えていない?!今、オフラインのところで文章を書いているので調べられません。だけど、10月ぐらいに始めた記憶があるので、そろそろ一年だなぁ。こんなに更新の間隔が開いているのに、読んでくださっている皆様、ありがとうございます。タイに赴任し続ける限り更新は地道に続けますので、今後ともよろしくお願いいたします。地味に一周年を祝ってみました。

で、ベジタリアン週間。これをタイでは「ジェー」と言うらしい。方々で、「ジェーなので肉類は食べられない」という発言を聞く。うちの周りでは意外とそんなことは無くって、「ジェーだから肉は駄目なんだよね?」と聞くと、「そんなことないよー」と返事が返ってくる。タイの文化もだんだん消えていっているんだろうか?!元々、中華系の文化のようなので、タイオリジナルの文化っていうわけじゃないだろうけど、お酒も飲まない、お肉を食べないという日があってもいいんじゃないかな。

で、ジェーがいつ終わるかって?!んー。知らないのです(笑)

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2005年10月05日

歓送迎会

AITには、日本人教官がたくさんいる。昔からいらっしゃる先生の話を聞くと、もっといたという時代もあるようなんだけど、僕にしてみたら意外と(?)多いなぁという感想。そんな日本人教官の一人、草薙先生が9月をもって退官されるということなので、送別会を開くことになったのです。それが本日、スクンビット33の居酒屋さん「あかどう」にみんなが集合することに。また、8月に始まった新学期から新たに3人の日本人学生が入学してきたので、彼らの歓迎会も一緒に開催されたのです。

草薙先生は、住んでいる通りが一本だけ隣ってこともあり、よくかわいがってもらっていた。家が近いので車で送ってもらったり、偶然ばったり会ってご飯でも一緒に食べましょうって言うこともあったなぁ。退官後は、日本とタイを行き来しつつ、残っているプロジェクトを研究員としてサポートされるそうです。夢のような生活だ…。うらやましい限りです。草薙先生、お疲れ様でした。

また、新入学の学生さんは、3人とも個性的で面白い人たちであった。沖縄出身で笑顔が最高の学生さん、僕のブログを発見してコメントを残してくれいてた学生さん、なんと僕と同じ慶応から留学してきた学生さんと、なんとなく根拠無く僕とつながりが深いなぁと勝手に思ってしまってるってこともあり、印象に残っているなぁ。機会があれば、泡盛もシークワーサーもあるので、また一緒に飲みましょう。

ちなみに、あかどう、一度、行ってみたかったところなんだけど、まぁ、あんなもんかって感じ。自分から行くことがあるかどうかはわからないけど、可もなく不可もなく、値段を考えればあんなもんじゃない?という感じ。こりゃやばいなぁと思うものもあれば、うまいじゃんって思うものもあった。一品が100バーツを切るぐらいの値段付けで、まぁ頑張っている方なんじゃないかな。

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2005年10月04日

UBC訪問

本日は、カンチャナ先生の引率(?)によりケーブルテレビや衛星テレビ放送をやっているUBCでミーティング。UBCは僕も顧客の一人なんだけど、NHKがバンコクで見れるのもUBCさんのおかげ。ありがとうです。日本の会社に喩えると、スカパーみたいなもんかな。スカパーがケーブルテレビ会社もやっているって感じ。このUBCはタクシン総理大臣系列の会社らしく、同じくタクシン総理大臣系の衛星通信会社シンサテライトとも関係があるみたい。

ラマ6世通りに面した巨大なビルにUBCはあるんだけど、UBCがどのようにテレビ放送を送っているのかを一通り見学した後、軽くミーティング。我々インターネット屋さんにしてみたら、なんでUBC見学?!という感じなんだけど、まぁ社会科見学的に面白かったです。

UBCは、スカパーと同じようにMPEG-1でエンコーディングした信号を送っている。我らがNHKのエンコードレートはかなり悪く、動きの速いサッカーとか見ているとギザギザ感がやっぱりでるんだよね。ちなみに、レートは動的に変えているって行っているように聞こえたんだけど本当かなぁ。チャンネル毎に違うって言いたかったんじゃないだろうか。

今回は教員だけでの訪問だったんだけど、学生の見学の約束も取り付けてみた。あと、駄目元で頼んだけども、タクシン総理大臣系列会社のTrue Corporationも見学できるように担当者を紹介して欲しいと頼んだところ探してみますっていう答えをもらった!やった。うまくいけばADSLを頑張って売っているTrueに見学に行けるぞ~。今から楽しみだ。

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2005年10月03日

採点できない!

theが読めない!AITにおけるテストは、日本の大学で行われているのと同じように、問題用紙が配られ解答用紙に解答を手書きで記入していくんだけども、この手書きが非常にくせ者なのだ。手書きで書いているもんだから、字が汚い学生の解答は何を書いているのか本当わからない。テストを始める前に「読める文字で丁寧に書くように!」と伝えておいたんだけど、やっぱり読めない文字が続出。前後の文章から推測しつつ読むんだけど、読めないものもある。もう、ついに一人の学生に対しては、"Cannot read! Cannot grade!!(読めないので採点不能)"と書いて返してしまった…。

個人差はもちろんあるんだけど、インドパキスタン系の留学生の文字は読みにくいと思う。もっとも、文字だけでなく彼らの会話も、独特のイントネーションであることから聞き取りにくいことが多い。日本人の書く英語は、あの五線譜みたいなノートと格闘した結果なのかもしれないけど、ちゃんと読めることが多いと思うんだけど、彼らはあぁいうノートで練習したりはしないのかな?!芸術的な文字を書けとは言わないけど、少なくとも判別可能な文字を書いて欲しいよなぁ。

ちなみに、画像であげているこの例は、まだ判別可能、かつ僕が再現できる文字の一例に過ぎない。これは冠詞の"the"なんだけど、一体全体どうしたら"t"の横棒が"e"の上に飛んでしまうようなことがあるんだろう?!際限不可能なところとして、"R"と"k"あたりが筆記体で書くと同じに見えてきたりして…非常にストレスフルな採点作業だったよ。

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2005年10月02日

タイ帰国

ん?帰国なのか?もう自分がどこにいるのかわからなくなってきた。わずか72時間の間に、バンコク、東京、広島と飛行機でがんがん移動して全ての場所で激しく濃い内容の出来事があり、正直頭がくらくらしてきています。敏腕商社マンとかうちの上司とか、こんな感じの生活を送っているんだろうか…。お疲れ様と心から言いたくなるよ。

さて、最終日。ちょっとゆっくり目に起きて久々の湯船につかり体の細胞を目覚めさせる。大げさかもしれんけどタイではお風呂に入れないので、そういう気分になっちゃうのですよ。察してください(笑)チェックアウトぎりぎりまでのんびりしてから、日本最後のお昼ご飯はどうしよう…と思いつつ、ラーメンを食べに行くことにしました。というわけで、何故か上野へ。いや、上野には一蘭っていうラーメン屋さんがあるのです。六本木とかにもあるようなんだけど、時間もないことだし確実に場所を知っている上野店に行くことに。久々の博多系のラーメン、美味しかった…(涙)やっぱり、日本、最高だよ…。

その足で成田空港に向かう。ボーダフォンの携帯電話を解約したり、成田のジャスコで日本の食材を買い込んだりしているとあっという間に時間が過ぎる。今回は…卵、お米(2kg)、カップスープ、栗ご飯の素、納豆…あと何を買ったかな…。まぁ、いろいろ買い込んでスーツケースに詰める。しかも成田空港で、まわりの視線を微妙に気にしつつも、とりあえず詰める。ぎゅうぎゅうに(笑)

成田空港のチェックインカウンターについたのは、どのぐらい前だろう…。これもギリギリだったといえばギリギリだったなぁ…。荷物の重量もギリギリ(笑)最後までドタバタした三日間でした…。

と、ここで終わらせないのが僕の人生。ネタには本当に困らないのだ。

バンコク行き全日空915便は、順調に飛行を続けたものの、バンコク上空で激しい雷雨に見舞われ、着陸できませんでした。え?どうしたかって?なんと飛行機は着陸をあきらめバンコクから一時間ほど北のチェンマイ空港に降り立ったのでした(涙)この時点で、既に正規の到着時間から1時間経過…。空港でしばらく足止め。フライトアテンダントと話をする。「こんなこと、頻繁は無いと思うんですがたまにはあるんですか?」「いえ、私も初めてです…。」「これからどうするんですか?」「バンコクの天候次第なんですが、最悪、バスに乗り換えてバンコクに向かうこともあるかもしれません」「へー。そうなんですねー」って、おい、チェンマイからバンコクまでバスでどのぐらいかかると思っているんだ(笑)約12時間です。12時間もたってりゃバンコクの天気も回復するだろう(笑)という、漫才みたいな話をしつつ(ただし、向こうはまじめ)、飛行機でしばらく寝て待ってたのでした。

そうこうしていると機内アナウンス。「バンコクの天候が回復しそうなので、とりあえずバンコクに向かいます。今から燃料を積み込みますので、もうしばらくお待ちください。」をい、待っている間に何で燃料を積んでおかなかったんだ、どうせ積み込んでまた飛ぶんだから、待っている間に入れておけっつうの…。

というわけで、ここからさらに一時間…。飛び立った時には既に予定の時間より3時間も遅れておりました。さらに、チェンマイからバンコクまで1時間…。結局、4時間遅れの到着で既に朝の3時をまわっておりました。わはは。

家に着いたら朝の4時前。とりあえず生ものっぽいものだけを冷蔵庫につっこんでから倒れたのでした。むー。疲れた…。激しい三日間だった…。

いやー。しかし、この三日間、ぜんぜんタイ日記じゃないですな(笑)タイの情報を得ようとして訪問された皆様、ごめんなさい。純粋に僕の日記になっちゃってる(笑)

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2005年10月01日

幸せな二人×2組

本日は友人の結婚式と兄貴と言える人の結婚式があるので、さぁ、ハードだぞ。朝7時過ぎに出発するNH671にて広島に向かうんだけど、十分な時間に起きたはずなのに、気がつくと一時間前…。あれ、このままだと飛行機に乗れないぞ…。慌ててホテルを飛び出てタクシーに乗り、浜松町に向かう。早朝すぎて渋滞はないんだけど、それなりに時間はかかるのだ。階段を駆け上ってモノレールに乗る。あー、目の前で電車が出て行った。もう少し足が速ければ…。実は、この時点で発券をしていなかった僕は飛行機が飛ぶ25分前には発券していないと乗れなくなってしまうと言うことに気がついた。全日空スーパーフライヤーズデスクに電話して意地でも乗るからチェックインよろしく!と伝えると、発券していないので駄目ですと言われる…。やばい、本格的に…。とりあえず、時計とにらめっこしながら羽田空港第二ターミナルに到着して、再びダッシュ。発券カウンターに駆け込み、「広島行き今すぐ発券!」って伝え、ぎりぎりセーフ。カウンターのお姉さんに、あと一分遅かったら駄目でしたとにっこり笑って伝えられました。いや、そんなのんきな話じゃないんだけど、と肩で息しながらチケットをゲット。ちなみに、25分前を過ぎるとコンピュータにデータが表示されなくなってしまうので、どうにもならないんだそうです。皆さん、お気を付けあれ。空港ではラウンジでくつろぐ間もなく搭乗口へ。飛行機に乗り込んだらそのままバタキュー…。

目が覚めると広島でした…。感動もなにもないっす。今度はまた広島空港で車を借りて市内に向かいます。今度はプリウス!キャンペーンが実施されており、安くプリウスが借りれたのです。ハイブリッド車、いいですね。感想は機会があればまた書きます。あ、タイの話題じゃないから書かないか。さて、一度実家によってから朝ご飯を食べようとサンドイッチを買うものの、自宅にあった残り物を食べることに。久々に家で食べる普通のご飯は美味しかった。やっぱり食べ慣れているものの方が美味しいのね。食べ終わった後は、親父の新しい勤め先に行って親父に会ってくる。会うたびに痩せていくなぁ。すねをかじりすぎたようです。最近、肺が悪いらしく長年吸っていたタバコをやめたようです。親父がタバコをやめるなんて、相当のことだわ。うん。あと、デジカメを東京のホテルに忘れていることに気がつき、実家のデジカメを借りることに。SDメモリ対応だったので、デオデオで16MBの安いSDメモリを買う。1000円なり。また、SDカードが増えちゃった(苦笑)

そうこうしていると友人の結婚式の時間が近づいてきた。慌ててスーツに着替えて車でリーガロイヤルホテルに向かう。いやぁ、素敵な奥さまでうらやましい限りです。披露宴も規模が大きいのに、アットホームな披露宴で、二人の人柄が良く表れているようなパーティでした。うらやましすぎて、怒りがこみ上げてくるぐらい(笑)また、高校時代の仲間にも会えて、この瞬間だけは15年前に戻ったような気分になりました。いい瞬間でした。

その後、ホテルの近くにじーちゃんばーちゃんが住んでいるので挨拶をしに行く。じーちゃん、パチンコに行っていない(笑)ばーちゃんだけが家にいたかな。しばらくたわいもない世間話をした。かーちゃんが言うには、もうぼけて駄目だ!とか言ってたけどぜんぜんしっかりしてるじゃん。こういうのって波があるのかな?よくわからんけど、うちのかーちゃんはばーちゃんが入院した時には、もう死ぬんだ!とかいって大騒ぎして大泣きしてたことがあったんだよね…。うーむ。きっとかーちゃんの妄想に違いない。

空港に向かう途中、実家に再び寄った。長居することもなく空港へ。また、発券の危機だ…。慌てて、そして警察に捕まらないように空港に向かう。空港に到着した。今度は40分前。余裕だ。だけど、意地でも広島でお好み焼きを食べたかったので、チェックイン後、ダッシュで空港内のお好み焼き屋さんに向かう。どこでもいいから入って食べる。うまい。空港レベルのお好み焼きでも十分うまい。久しぶりに食べるから。やっぱり、お好み焼きは広島人のソウルフードだ。

登場が始まってから手荷物検査場に並ぶ。ここで珍事。たまたま広島でサンフレッチェ広島の試合があったのだ。これに見に来ていた東京の友達と偶然再会。再会を喜ぶ間も懐かしむ間もなく搭乗口へ。飛行機に乗り込むと、またぐーすかぴー。

気がつくと東京に着いていました…。ここでまたレンタカー。兄貴と呼べる社長の結婚パーティに向かうべくインターコンチネンタルホテル東京ベイに向かう。パーティもすごく盛り上がってお開きが近づいてきた頃に到着。ごめんなさい、社長、どうやってもこれ以上早く到着できなかったのです(X_X) でも本日二組目の幸せそうなカップルを見てうらやましくもなり、ここでも再び怒りがこみ上げてくるのでした(笑)

パーティ終了後、二次会にも誘って頂き六本木ヒルズのバーに。大人の飲みと大人の会話に参加させて頂き、非常に勉強になりました。英さん、呼んでくださいましてありがとうございました。荒井さん、ayaさん、末永くお幸せに~。また、バンコクに遊びに来てくださいね~。

ホテルに戻ってきたのは…何時ぐらいだろう…よく覚えていないまま、またバタンキューなのでした…。

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