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2007年11月13日
じゃらんじゃらん
本日は会議最終日。予定ではランチ終了後もミーティングがあるはずだったんだけど、予定より早く議事が進んだのでランチを一時間ほど遅らせてランチ前に全ての議題を終えることに。会議終了後は、いつものようにインドネシア料理のビュッフェをみんなと食べつつ歓談。
午後からマカッサール市内観光に行こうという話が出たのだが、仕事があふれてるので一人だけホテルに帰って仕事したいなぁと思ったり。だけど、ホテルに帰ろうとしている人は僕だけだし、マカッサール市内を観光することなんてこの先一生無いだろうし、観光について行くことにした。
まず向かったのはロッテルダムフォート。インドネシア史の中で、オランダと日本の占領地下にあったことがわかるわけだけど、第2次世界大戦終了後に、敗戦した日本軍が日本に帰国することなく、オランダが再びインドネシアを植民地化しようとしたのに対抗してインドネシア独立を助ける義勇軍になったらしい。そんな話、知らなかったなぁ。このいかにもオランダ風の名前がついているロッテルダムフォート、いつの時代にどういう歴史を経てここに存在し続けているのかわからないけど、きっとそのあたりの歴史と絡んでいるのかもしれない。城塞(フォート)の壁には多くのくぼみがあり、おそらく銃で攻撃された痕なんだろうなと容易に想像できる。城塞の上に立って海を見る。風が気持ちいい。
ロッテルダムフォートからしばらく移動。金を取り扱っている町を通り抜けつつ、おみやげを買える通りにやってきた。ハサヌディン大学のタヒール先生が生まれた町らしい。ここでは時間がたっぷり取ってあるらしい。そうならロッテルダムフォートにもう少しいたかったきもするけど、じゃらんじゃらんも楽しい。
日本に「じゃらん」っていう名前の雑誌があるけど、あれはインドネシア語で「通り」とか「道」っていう意味みたい。じゃぁ、じゃらんじゃらんは?ってことになるわけで、単純い想像すると、道だらけ!っていう意味になりそうなもんだけど、面白いことに「散歩」という意味になるのです。インドネシア語、面白い。
といわけで、小一時間ほどマカッサールの町でじゃらんじゃらん。
正直お土産品や地元の物産品(置物系や洋服系)に全く物欲がない僕はお店をいくつかひやかすものの物を買ったりしない。まったく役に立たない観光客です。バスを降りた通りは海岸通りから一本入ったところなんだけど、海岸に出て見る。潮風が薄いもののやっぱり潮の香りは気持ちいい。バンコクなんて海から遠いから、全く潮風がしない。広島や湘南が懐かしいなぁ。海岸通りから少し入ったところでトウモロコシを焼いて売っていた。あまりにも香ばしそうで美味しそうだったので買い食い。一本1000ルピアなり。もはやいくらかわからなくなってしまったけど、きっと10円以下。安い、でもうまい。個人的には醤油の香ばしいのが嬉しいけど、インドネシアでは塩味でした。買ったトウモロコシをほおばりつつ、引き続きじゃらんじゃらん。
実はこのマカッサールという町は、スラヴェシ島っていう島にある町なんだけど、このスラヴェシ島、コーヒーで有名な島らしいです。みんなも聞いたことあると思うけど、トラジャコーヒーってのがこの島の名産品らしいです。現地人価格的に高いっても、200gで500円ぐらい。とりあえず、intERLab用に200g、自宅用に200gを購入。美味しいと良いな。
そうこうしてるとバスの出発時間に。バスは一路ホテルに向かう。途中、ハサヌディン大学に立ち寄ったりしつつ、夕方6時前後にはホテルに到着。途中の夕焼けが綺麗であった。
晩ご飯は、面倒だったのでホテルで食べることに。これまた国際色が豊かなディナーでありました。ネパール人のマニス、カンボジア人のセイラ、タイ人のユー、ラオス人のベア、そしてタイに住んでいる日本人の僕。5人いて5人とも国籍が違うとは。楽しく話をしつつご飯を食べる。僕が頼んだのはスパゲティカルボナーラ。しかし、この選択が失敗だった。ある意味、想像していたことではあるけどパスタが茹ですぎ。残念。
ちなみに、ユー、マニス、ベアはインドネシア料理を食べていた。懸命な判断。セイラと僕はスパゲティ、お互いに失敗だったと顔を見合わせる。
あ、そうだ。ガンダムおたが、セイラという名前を聞いてシャアの妹か?!と想像するだろうけど、セイラさんは男の人です。既に素敵な奥さまとご結婚されております。
晩ご飯を食べて、ホテルの部屋に戻り、しばしメール仕事。だけど、明日は早朝起き。何時だっけ。7時の飛行機に乗るために4時半ぐらいに起きなきゃいけないんだった。この旅程を組んだのは失敗だったかも。でもまぁ、マカッサールの町をじゃらんじゃらんできるなんて、こんな機会、普通は体験できないので早起きするかいもあったのかな?
次のインドネシア出張はいつになるのでしょう。おいしいご飯を食べに来たいものです。
投稿者 tsuchy : 2007年11月13日 23:43
コメント
じゃらんじゃらん
↑マレー語でも同じ意味ですよ(  ̄ー ̄)ノ
>セイラさんは男の人です
↑金髪で気の強そうな女性だと想像してたのは、
わたくしだけでは、ないはず。。。 (=_=;)
投稿者 DT改 : 2007年11月21日 23:37
そうですね。インドネシア語とマレー語って非常に近いですもんね。
ちなみに、このセイラさんは「それでも男ですか。軟弱物」とかは言ってくれません。もうひとつちなみに、本名も「セイラ・マス」でもありません。
投稿者 tsuchy : 2007年11月22日 19:20
>じゃらんじゃらん
インドネシア語とかマラユー語って、重複語(っていうのか)が多いって聞いた事があります。さらに、日本語で重複してる語は、そちら方面からの影響だとも聞いたことがあります。
投稿者 Chompoo : 2007年11月26日 07:44
おはようございます。Chompooさん。そうですよね。そういう影響ってありそうです。いろんな意味で1940年代の日本は東南アジアに影響を与えていたんでしょうね。研究者仲間のインドネシア人のNiswar君のおじいちゃんは日本人なんだそうです。佐藤さんと言うらしいです。ですが、よくある話しで、会ったことがないそうです(汗)
投稿者 tsuchy : 2007年11月26日 07:50
タイにもいます。遠い親戚が日本人だったとか。
「おじいちゃんの兄さんが日本人だった」とか言った人がいました。じゃあおじいちゃんだって日本人だろうよ(笑)
当時はちゃんとした戸籍の制度もなく、知らないうちに(?)いろんな血が混じってることも可能性としては十分ありますけどね。
自転車タクシーの苦力(クーリー)ってインドネシアで使われてるんでしたっけ?
投稿者 Chompoo : 2007年11月27日 07:22
そうですよね。タイにもいっぱいいそうです。しかも、今でも同じことがおこなわれているようで、同じ日本人として心が痛いですな。
クーリーって聞いたこと無いなぁ。マレーインドネシア語に詳しい方ー。お答え、お待ちしております。
ちなみに、バングラデシュではリキシャ(力車)と言いますよ。
投稿者 tsuchy : 2007年11月27日 11:47